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ナナツヨの泣かない死霊術師  作者: いちい
泣けない死霊術師と違う世界
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水竜出現

 




 がたがたという振動と、それに応じて痛む左腕の感覚で、目が覚める。


 私は目を疑った。

 まだ夢を見ているのではないかと。


 私は大きな黒光りする鉄製の檻に入れられ、馬に引かれて悪路を揺られていたのだから。

 檻が照りつける陽光を反射して、眩しい。

 思わず手を伸ばすと陽光の生暖かい温度を感じた。

 前方には小さな森があり、馬車はそこに向かって走っている。

 森の他は荒野と言うべきか、荒れた小石がそこかしこに散らばる、固い地面が続いている。


 さっきまで電車で寝ていて、お城で。……そうだ……!

 遅れて恐怖がやってくる。

 彼らはなんと言っていた?

 水竜のエサ?


 私が何をしたっていうの!?


 御者台に座り馬を操る兵士に、話しかける。


「わ、私は……」


 兵士は同情に満ちた、けれど暗い顔で振り返る。

 若い男性兵で、はために見て素人の私でも粗末だとわかる錆のうっすらと浮いた装備をしていた。


「お嬢ちゃんも俺も、ついてないねえ。これから俺たちは水竜のところに行って、胃袋を満たしてやるエサになるのさ」


 絶望が広がっていく。

 兵士が話す言葉が、重く心に降り積もる。


「俺は税を収められなかったからここにいるんだ。命は惜しいが、俺が逃げたら家族もろとも処刑されちまう。貴族は尊く、庶民は捨て石。テンペランティアはそういう国だ。どこも似たり寄ったりだがなあ」


 これ以上話し込んだら情が移ると、男は沈黙した。


 絶望。

 それだけが私に残される。

 どうして私だったんだろう。

 死にたくない。

 なんで私が……。


 まだ夢を見ているのだ。そうに違いない。

 そう思いたいけれど、左腕の痛みがこれは確かに現実なのだと伝えてくる。


 ……貴族の、どこが尊いの?

 人を食い物にしているだけでしょう!?


 こみ上げる、静かな怒り。


 馬車は、がたごとと揺れる。

 私は思ったより長く気絶していたようだ。

 大きな滝が、荒れた道の先に見えてきた。

 緑の匂いが強くなる。進めば進むほど、空気に重苦しい何かが満ちて行くようだ。

 馬車は、異様な空気をまるで意に介さず、森の中の一本道を進む。


 左腕が、ずきずきと痛んで疼く。

 好きでこんな世界に来たわけじゃない。

 私は、私は……この世界が憎い。


 ……こんなクソみたいな世界、滅びれば良い。


 水場に近くなってきたようだ。

 滝の落ちる音が大きくなってきた。

 竜の姿はまだ見えない。


 ……ただで食われてやるものか。


 私が決意を固めていると、馬車が急停車する。

 ひときわ騒々しい揺れに、振り落とされないように檻を掴んで、私は絶句した。

 一瞬のうちに、御者をしていた男と馬の首が消えている。

 少し前方に、代わりに竜がいた。

 遅れて、首から上を失った人と馬の胴体が、地面に冗談のように崩れ落ちる。

 生々しい噛みちぎられた痕が、これは冗談ではなく現実なのだと、私に思い知らせる。


 水竜は、禍々しいくらい美しかった。

 流麗な、蛇を大きくしたようなしなやかなフォルムに、濃く明るいウォーターブルーの鱗が少しずつ色を変えて並んでいる。

 翼はない代わり、所々にヒレがあり、尾は魚に似ていた。

 けれど、巨大で生臭い息を吐く口から新しい血が垂れており、びっしりと牙が覗く。

 濡れたように光る目は、魚類のように感情が伺えない。

 顔の脇に、髭が2本飛び出している。


 動けない。

 蛇に睨まれた蛙はどうして逃げないのだろうかと不思議に思っていたけれど、今なら分かる。

 ……一瞬でも目をそらしたら、喰われる。


 恐怖よりも、私が感じたのは怒りだった。


 ……私を食うなんて、許さない。

 ……お前が私を殺す前に……


「……殺してやる!!」


 水竜は獲物が抵抗するとは思ってもいないのか、余裕の足取りで近づく。


 それが命取りとも知らずに。


 何の前触れもなく、首なし馬の体が起き上がり、水竜に突進する。

 どこからともなく、若い少女たちが半透明な体を晒して、竜にしがみつくと、竜は悲鳴をあげた。


「キュォォオオ!」


 私はそれを見て……笑った。


 奴らが無能と評した私の能力。

 私は魔法は魔法でも、死霊術に特化した能力を与えられたのだ。


 城に死体が転がっているはずもなく、また慣れていないこともあって発動しなかったのだろう。

 自分の心すらも呑まれそうなほどの怒りと生存本能が、私に魔法を発動させた。

 頭の中では死霊術の使い方が自然と馴染み、理解できている。


 私の怒りに呼応して出現した半透明な無数の少女たちは、おそらくここで生贄にされた少女たちの怨念だ。


 彼女たちが触れたところから、水竜の皮膚が焼けている。


 死霊と言っても、死んだものの魂を使ったりするのではない。できない、というわけでもなさそうだけれど、少なくともまだ無理そうだ。

 今のところでは、その残留思念や感情に形を与えて使役するという方が正しいと思う。

 それでもかつての私なら使用を躊躇っただろう。

 死者の冒涜だと。

 まあそんなのどうでも良い。

 どんなに哀れでも、彼女らはこの世界の住人で、憎むべき世界の一部なのだから。


「ふふ、ふふふふふ」


 私はどこか壊れてしまったんだと思う。

 あの城で、切りつけられた時から。


 水竜も驚きから脱して、蛇体をくねらせて暴れ始めた。

 森の木が何本もなぎ倒されて、生木が裂ける音がこだまする。


 どこまでできるかわからない。

 それでも、できるところまで抵抗するつもりだった。

 私は半透明の涙を流し続けている少女の怨念……バンシーと言えば良いだろうか。

 バンシーの一体に檻を溶解させて、暫く振りに地面に足をつける。

 のたうちまわる水竜に目を向けた。


 ──だって、水竜もこの世界の一部だもん。


「だから、死んでよ」


 私は、歪んだ笑みを深めた。








水竜のレベル83くらい

主人公のレベル10くらい(一般人は8とか)



無茶ですね。



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