一枚上手
翌日の昼。私はジュンヤと冒険者ギルドに来ていた。
本当はいても邪魔だから、彼にはついてきてほしくなかった。だが、食堂で会ってからずっとまとわりつかれ、あまりにしつこかったため同行を認めてしまったのだ。
空いている窓口に行き、ギルド職員にドロップアイテムと魔晶石の鑑定を依頼しようと口を開く。
ところがギルド職員は私の顔を見ると、ぎょっとしたような顔をして、急いで奥に引っ込んでしまった。
……何事?
ジュンヤが隣で呆れている。
「なんなんだよ、あの態度は」
「手配書でも出てるみたいな反応だったけど……」
ジュンヤはそう言った私の顔を見て、無言になった。
黙られると気になるし、顔を凝視されて気分がいいわけはない。
「なに?」
「いや……」
バツが悪そうにジュンヤの目が泳ぐ。私は短剣に手をかけたが、思い直した。
流石に冒険者ギルドの中で武器を抜くのは自殺行為だ。ギルド内での戦闘は禁止されている。違反したら、職員に捕縛されてしまうだろう。
短剣に触れた手を下ろす。脅しにもならない行動だったけれど、それでもジュンヤを焦らせるには充分だったらしい。
慌てて彼が口を開く。
「おれはただ、その……」
「はっきり言って」
「……おまえは危険人物だから、手配書が出ててもおかしくないなと!」
ジュンヤはヤケになったように、一息に言い切った。
私はそっと、短剣を抜いた。
ジュンヤの顔が青くなる。
「やめろって、ギルド内でそれはまずい」
「大丈夫。すぐ済む。それにしても意外だね」
「…………?」
怪訝そうにするジュンヤ。
私は知っている。ギルドの中だということも気にせず、不満をぶちまけていた彼の姿を。
「時と場所とか、一般常識とか。気にしないタイプじゃなかった?」
「……ああ」
ジュンヤは納得したような声を出した。過去を思い出しているのか、焦点はどこか曖昧だった。
「なんていうか、そうだな。自分がしてる時は気づかなかったが……今思えば、おれっていつもこんな感じだったんだな」
「うん」
「即答か……」
ギルドにはあまり人がいない。昼間ということで、依頼の消化をしているのだろう。モンスターの分布は変化し、しかも以前より強力になっている。仕事が減ることはない。
だがそれでも、ちらほらとは人がいる。
ジュンヤは周囲の視線が集まっているのを見て、呟いた。
「恥ずかしいな」
「そう」
私はぜんぜん平気だ。カスターやリディアといる時の視線や敵意の方がよほど強い。
「少しは気にしろよ。大物か」
ジュンヤが呆れたように言葉をこぼすのを聞き流し、私は短剣を収める。
それにしても、ギルド職員に逃げられてはどうしようもない。他の受付に行こうか迷っていると、窓口の奥から大柄な女性が現れた。
よく日焼けした顔に、人懐っこい笑みを浮かべている。頭上に生える黒い耳は猫の獣人のように見えるが、少し小ぶりな気もする。
……たぶん、強い。水の国のギルドマスターほどではなさそうだが、ほどほどに手強そうだ。
女性は皮肉げに唇を歪めると、窓口に片肘をついた。獣じみた金の瞳が、私たちを検分する。やがて彼女は言った。
「ふ〜ん、なかなかだ。あたしはここの支部長、ルアンナだよ。よろしく」
「よろしく」
ジュンヤが気圧され気味に挨拶を返した。
ルアンナの目が私に移る。
「そっちがナミだね、全滅した【潜水者の街】の」
「……そうだよ」
頷いた瞬間、ギルドにいる冒険者の視線が集まるのを感じた。囁きが、波紋のように広がっていく。
「うそだろ、Sランクが全滅」
「そんな、エルヴィン様も!?」
「何が起きたんだ」
そして、そのうちの一つが私に凶器のような鋭さで刺さる。
「なんであいつだけ生き残ってるんだ?」
表情を崩さないように、無表情を繕う。遠巻きにしてるようなやつらは、敵だ。弱さを晒したら、ダメ。
ルアンナはそんな私を見て、愉快そうに含み笑った。
「くふふ、面白いね。あのオヤジが入れ込むだけあるよ」
「……オヤジ? 入れ込む?」
「ああ、オヤジってのは水の国のギルドマスターのことさ。オヤジから水の国の冒険者ギルド全てに通達がされてるんだよ。【潜水者の街】のナミに会ったら、気にかけてやれってねえ」
「なぜ?」
ギルドマスターに配慮される理由も、ルアンナがここでそんなことを言い出した理由も、わからない。
「……ギルドマスターは、心配したんだろうさ」
「は?」
「ああ見えて、あのオヤジは気がいい。大方、ギルドメンバーの全滅だけ報告した挙句消えちまった小娘を、ほっとけなかったんだろうね。後で本部に顔出しくらいしてやんな」
ギルドマスターと私はそこまで親しくなかった。小娘呼ばわりされたことや初対面で斬りかかられたことはあるが、特別目をかけられていたということもない。
「……理解不能」
「あのオヤジはAランクの重要な戦力がどうのこうの言ってたけど。ま、建前だろうね。ゲロ甘いオヤジさ」
ルアンナはニヤニヤ笑いをして、黒い獣の耳を動かした。
「なんにせよ、ギルドは優秀な冒険者の味方だよ。その点は信頼してくれていい。……さて、それじゃあ査定をしようか。あるもん全部出しな」
どこかの不良みたいなことを言い、話を切り替えるルアンナ。
私はポーチからドロップアイテムと魔晶石を掴み出し、受付に置く。ルアンナは愉快げに、喉を震わせた。
「くく、そうでないとね。奥で査定してくるからちょいと待ってな」
彼女はそれらを布袋に乱暴に放り込み、奥へと消えていった。しばらくして、数枚の貨幣を持って戻って来る。
内訳を聞くと、まあ妥当なところだ。
続いてジュンヤも査定を受け、売却は問題なく終わった。
しかしルアンナはまだ用事があるようで、軽薄な口調で付け加える。
「そうそう、ナミにはうちの部下に付き合ってほしいんだ」
「嫌」
「まあそう言うなって。昨日報告が来た新種の水死体みたいなモンスターの、侵入経路を見つけて来てほしいんだよ。あんたも交戦したんだろ」
「嫌」
一刻も早く、地底湖の奥にいたディルのようなモノを討伐したい。調査なんかやる暇はないし、興味もないのだ。
「これはあたしから【潜水者の街】への依頼だよ」
ルアンナは意地悪く言った。
Sランクギルドには制約も多い。冒険者ギルドから指名された仕事は断れないというのも、その一つだ。
けれど……。
「【潜水者の街】は全滅した。もうない」
「全滅ったって、あんたは生き残ってるだろ。ギルドにはまだ登録が生きてる。それとも、【潜水者の街】の登録を消すかい?」
登録を抹消しても私に不利益はない。それなのに、私は答えられない。
みんなと一緒にいた証を消したくなかった。
怒りにも似た敗北感がこみ上げる。
「わかったよ。……受ければいいんだよね」
私は思い切りルアンナを睨んだ。
その時、隣から声が上がる。
「おれも」
最後まで言うのも待たず 、私は勢い込んで志願したジュンヤの言葉を却下する。
「ダメ。あなたさ、例えば魔法とか物理的な罠や仕掛けとか、見破れる? 見た感じ、ジュンヤは理論を無視して感覚的に魔法を使うタイプだよね」
「それは……」
俯くジュンヤ。彼の力不足を責めたいわけではない。私は幾分語調を和らげる。
「……あなたは、リクシャのお見舞いでも行ってあげれば。ギルドの治療院は近くだし」
ジュンヤの硬質な声が返ってくる。
「……役立たずだって言いたいのか?」
「来ても何もできないでしょ。リクシャなら、神聖魔法と論理魔法が使える。魔法の理論とか、あなたに足りないものを知っている」
「…………?」
「教わってくれば。今はダメでも、次は役に立てるかもしれない」
教わったからといってすぐに身につくものではないが、魔法の知識は戦闘にも活かせるし、無駄にはならない。
ジュンヤは顔を上げる。眉根の寄った、悔しそうな顔だった。私にというよりも、自分の力不足を嘆くような。
ジュンヤは何かを言おうと口を開きかけたが、私に背を向けてギルドから走り去って行った。




