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ナナツヨの泣かない死霊術師  作者: いちい
へなちょこ冒険者と水の国
28/98

虚像に問う

 



 自室に戻り、部屋の隅に座り込む。

 地底湖のディルは、『努力しても報われないなら、何もしない方がいい』みたいなことを言っていた。

 女将の話を聞く限り、そう考えるのも無理はないように思える。


 だが、あれがディルだとしたら……。


「私はディルを」


 討伐しないといけないの?


 膝を抱えて、頭を押し付ける。

 無闇にみんなを喚ぶのは控えていた。死霊術は、死者を使役する魔法。みんなを道具みたいに使うのは嫌だった。

 けれど、私はポーチから紙包みの一つを選び出して、掌に乗せる。


「『来たれ』」


 魔法の行使に必要な無駄に厳めしい言葉を放つと、黒い光が集まり、目の前にディルが現れた。

 死霊術はまだ未解明な部分が多い。死人の魂を使うらしいということはわかっていても、それ以上は謎だ。


 ここにいるのはディルだけど、違う。

 無駄だと知っていても、私は問わずにはいられない。


「あなたは。いや、あなたが、ディルなんだよね……?」


 答えはやはり、返ってこない。

 ディルは無表情に、金色の目で私を見下ろす。


 すがるものが欲しくて、腰に手をやった。だが、ホルダーは(から)だ。短剣は未だ、私の手を離れたまま。

 形見になってしまった短剣もローブも、今はない。


 私がすがれるのは、過去の記憶だけだった。

 みんなと過ごした日々の、思い出。

 酒場で出会った女性流に言えば──誰もが忘れたくなどない、記憶。


 ディルが消え、紙包みが床に落ちる。私は暗い部屋の隅から、それをただ見つめていた。


 小さな音がして、跳ねるように顔を上げる。扉が細く開いていた。


 紙包みを拾ってドアへ向かうと、扉の影に隠れるようにして、二ジェが所在なさげに立っている。


「二ジェ……?」

「あのね、お兄ちゃんのところに行ってあげてほしいの」


 二ジェは寂しそうに言うと、隣室に目をやった。


「お兄ちゃん、げんきがないの。二ジェがんばったけど、だめだったの。お兄ちゃんはわらってくれたけど、でもむりしてる」


 容易に想像がついた。また甘いことを考えて、うじうじ悩んでいるんだろう。

 私の胸に、苛立ちが募る。

 二ジェの緑色をした大きな瞳には、幼いながら無力感が潜んでいた。


「二ジェがいると、お兄ちゃんはむりするの。お姉ちゃんは……お兄ちゃんのこと、二ジェよりもわかっているから」


 ジュンヤの悩みは二ジェの言うとおり、私の方がわかるだろう。あれは、この世界の人間には縁のない悩みだ。


「他の二人は?」


 私よりも、【フランベルジュ】のメンバーが行けばいい。そう意図した質問だったけれど、二ジェは首を横に振った。


「ピーネお姉ちゃんは、このまちのぼうけんしゃギルドにいったの。御遺体処理、をたのむんだって。リクシャお姉ちゃんは……」


 二ジェは表情を曇らせる。


「……ギルドのちりょういんで、おとまりなの」


 リクシャの手の怪我は重症だった。神聖魔法を使って本人が治したとはいっても、きちんと治療を受けることにしたのだろう。

 リクシャの怪我は、自己責任だ。未熟さと考えの甘さが招いた、自業自得。……しかし、私なら防げたかもしれない。

 リクシャのヒステリックな叫びが、耳の裏で再現される。

 苦い想いが、胸をかすめた。


「わかった」


 私は承諾して、隣室へ向かった。二ジェは、泣き出しそうな、少し悔しそうな顔をしていた。


 私が扉を開くと、ジュンヤはベッドの上でびくりと背を震わせた。かなり精神にきているらしい。


「ナミ……? どうして」

「二ジェに頼まれた」


 部屋に入り、ベッドの脇へと歩む。

 ジュンヤはうわ言のように呟いた。


「おれ、おれは人を……」


 情けない様子を見ていると、苛立ちが増してくる。

 私が吐いたのは、励ましではなく弾劾の言葉だった。


「あれは人じゃなくてモンスター。あなたはモンスターを討伐するのもできないの?」

「そんなことは」

「……あなたの判断とくだらない悩みのせいで、仲間まで危険にさらしておいて?」


 ジュンヤはシーツを握りしめた。

 私の口は感情に任せて、無慈悲に言葉をついでいく。


「私のとき、敵がヒトっぽい見た目っていうだけで、動けなくなったよね。ピーネが盗賊に斬られそうになったこともあった」


 ジュンヤの顔は歪み、悲痛と悔恨が皺を刻む。


「ねえ、気付いてる? 今のあなた、リクシャが手首から先をなくした時よりも取り乱してるよ。あなたにとって、仲間ってそんなものなの? それとも、この世界で、そんなことで生きていけると思ってる?」

「……おれ、は」

「いいかげん割り切れば? このクソッタレな世界で生きるには、そうするしかない。仲間を、自分を守るには、犠牲が必要なんだよ」


 ジュンヤは顔を上げて、叫んだ。


「おれはどうすればいいんだよ!?」


 ジュンヤはベッドから立ち上がり、私に詰め寄る。


「なあ、おれはどうすればいい!? ……誰も」


 部屋に備え付けられた照明が照らすジュンヤの顔は、くしゃくしゃだった。


「誰も、傷ついてほしくないんだ」


 ──惨めで、みっともない。なんて、弱い顔。

 ジュンヤの考えは、私が捨ててしまったもの。もう持ち得ないものだ。

 だからこそ、それをまだ後生大事に抱え込んでいるジュンヤを見ていると、羨ましくて、妬ましくて。

 感情を制御できない。


「そんなのは無理。倫理観なんか持ってたって、邪魔になるだけだよ。捨てた方が……楽だ」

「おれにはできない」

「なら死ぬだけ。あなたが死なずとも、仲間が死ぬ」


 これ以上ジュンヤに語ることはない。私は彼に背を向けた。


 ……ジュンヤがこれからどうするのかは、わからない。酷いことを言った自覚はある。けれど、私のように割り切るのも、甘さを捨てられないままどこかで死ぬのも、どちらも嫌だと思った。私が捨てたものを持っているジュンヤには、そのままでいてほしい気もするのだ。

 だから、ジュンヤの顔を。決断を見たくなかった。


「待ってくれ」


 ジュンヤに呼び止められ、振り向く。差し出された手には、私の短剣があった。


「地底湖の洞窟で落としただろ」


 もしかしたらもう戻ってこないかと思っていた。信じられない思いでそれを受け取り、胸に抱える。

 慣れ親しんだ重みは、欠落を埋めてくれるようだった。


「ありがとう」


 ジュンヤの目を見る。ジュンヤは驚いたように私の顔を凝視していた。

 構わず続ける。


「……ありがとう。とても、大切なものなんだ」

「いや」


 ジュンヤの視線が刺さる。


「おまえ……そんな顔もできるんだな」

「…………?」

「いや、そういうふうにしてると、普通の女の子に見える」


 今の私は、魔術師や治癒士にありがちなローブを脱ぎ、普通の服を着ている。暗赤色のスカートと、白いブラウスのような服。一見、戦いや冒険と無縁な一般人にも見えるだろう。

 だが……。


「それはないよ」


 私は微笑み、短剣を腰のホルダーに収める。


「見た目はともかく、私の思考はもう一般人じゃない」


 私は身を翻し、今度こそジュンヤたちの部屋を出た。




忙しい時期に入りつつあるので、しばらく更新は難しいかもです。

ひと月は空かないと思うんですけど。

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