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ナナツヨの泣かない死霊術師  作者: いちい
へなちょこ冒険者と水の国
25/98

渇いた心


お久しぶりです……。やっと満足いくレベルに仕上がってくれた。



 



「放してっ……!」


 私はディルのところに行こうとするけれど、ジュンヤの拘束は解けない。


「しっかりしろ!」


 ジュンヤが叫ぶ声が、ひどく耳障りに感じた。

 私は充分しっかりしている。仲間がそこにいるんだから、行こうとするのは当然だ。

 邪魔はさせない。

 感情に任せて短剣を抜こうと、私は腰のホルダーに手を伸ばした。


 ディルは緩く微笑んだまま私たちを見て、どこかだるそうに口を開いた。


「ちょうどよかった、手伝ってよ。ナミはボクが死んでも生きてるんだから、手伝う義務があるでしょう?」


 淡々としたディルの言葉に、心が(えぐ)られる。私の罪悪感に、それはじくじくとした痛みを伴って沁み込んだ。

 ──そうだね、私は一人だけ生き残ったから、みんなの手伝いをしないといけない。


 何より、もう一度会えたことが、こうして話せたことが、嬉しかった。


「何をすればいいの?」

「町の人たちをここに連れて来て。地底湖にみんな沈めるんだ」

「……え?」


 ホルダーから短剣を取り出した手が、硬直する。ディルの言っていることが理解できなかった。胸を満たす歓喜が、一瞬で冷める。


 ディルは金色の瞳を(すが)めて、悲しそうに、慈悲深い聖人を思わせる声色で言う。


「努力しても報われないなら、何もしないのが楽だ。水の下に沈めるのが唯一の救いなんだよ」


 硬質な音を立てて、短剣が私の手から洞窟の床に落ちた。

 動けない私を押し退け、ジュンヤが剣を抜いて前に出る。


「聞くなナミっ……! 『業火(ゴウカ)』!」


 ジュンヤの論理魔法で、ディルへと黒い火球が向かっていく。だがディルが手を一振りすると、火球は空中で消失した。


「嘘だろ!?」


 ジュンヤの驚愕をどうでもよさそうに見やって、ディルが杖を握り詠唱する。


「『水刃(スイジン)』」


 ディルの周囲に生まれた無数の水の刃が、ジュンヤに向かう。ジュンヤはかろうじて致命傷となるものをかわし、あるいは剣で弾いた。標的を捉えられなかった水の刃は地底湖の岩にぶつかり、深い傷を刻む。

 それでも数発はジュンヤの体に傷を刻む。


「くっ」


 ジュンヤは一瞬だけ逡巡すると、片手で私が落としてしまった短剣を拾う。そして自分の剣を鞘に収めて空けた手で私の手を引いて、広間から逃げ出した。ディルからの追撃はない。

 ちらりと振り返ると、ディルは興味なさそうに、地底湖の上に寝そべっていた。




 それから先はよく覚えていない。気付けば私は地底湖の町近くの草原に、ジュンヤと一緒に戻ってきていた。空はすっかり暗くなっている。

 私もジュンヤもぼろぼろだった。

 ジュンヤはぐったりと木の根元に座り、足を投げ出している。私も同じような状態だった。


「……いちおう訊くが、あれはディルなのか?」

「違う!」


 ジュンヤの問いを、私は悲鳴をあげるように否定した。


 あんなのはディルじゃない。ディルは、間違ってもあんなことを言うようなニンゲンじゃなかった。


「だけどおまえのギルドは全滅したんだろ? 実は死んでなかったとか」

「それはない。私が死霊術でみんなを喚べるから」


 ……あれはディルじゃない。そう思うけれど。

 似すぎているあの姿を思い出すと、途端に不安になる。


 ……本当に、そうなの?

 私がそう信じたいだけじゃないの?

 ディルは明るくて努力家な、魚人族の魔術師。それだけしか……私は知らない。


 沈黙が横たわる。ややあって、ジュンヤは言った。


「……地底湖にいたのは、凶悪な新種のモンスターだったってことにしておく。だけど、あいつを放置はできないだろ。おまえはどうするんだ?」

「……討伐する」

「おまえにできるのか?」


 私は首肯したが、それは弱々しい、小さな動きにしかならなかった。かすれたような声で、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「……あれは、もう多くのニンゲンを手にかけてる。討伐、しないといけない」


 仮にあれがディルだったとしても。少なくとも私の知るディルは、そんなことを望まなかった。

 あれがディルであろうとなかろうと、野放しにはできない。


「なんで……!」


 ジュンヤは恐れと怒りがないまぜにまったような目で、私を見た。昨日の馬車で、彼の仲間を見たときのような。自身の理解が及ばない、化け物でも見るような目で。

 しかし彼の怒りは急速に冷えていき、最後には恐怖が残った。


「なんでそんなことができるんだよ……?」

「…………」


 他に方法があるならそうしたい。だが、あれはジュンヤを相手に一方的に戦えるほど強い『モンスター』だ。戦闘力だけならAランクに近いジュンヤを圧倒できる、私でも太刀打ちできるかわからないほどに強大な。


 私は何も言わなかった。無言のままに、立ち上がる。鮮やかな草原の緑も、今は夜闇でくすんでいる。

 ジュンヤも静かに立ち上がり、私たちはどちらからともなく歩き始めた。

 地底湖の町へ。




◆◇◆◇◆



 ジュンヤと一緒に戻った宿屋には、多くの人々が集まっていた。一階の食堂は夜は酒場を兼ねるらしく、席のほとんどが埋まっている。それでもさほど騒々しくないのは、水の国特有だろう。


 何気なく通り過ぎようとすると、テーブルの間に見覚えのある姿を見つけた。太った体を埋めるように、椅子に座っている中年男。相手も私に気付いたらしく、遅れてこちらに顔を向ける。すると、その隣に座っている連れ──ミィシィが、私たちを見つけて控えめに片手を上げた。


「なっ、ナミさん、お久しぶりです」

「そんなに久しくないけどね」


 私は応えながら、二人組みの座る席に近付いた。

 なぜ二人がここにいるか知らないが、依頼はまだ残っている。教えられた連絡先はここではないはずだ。何か変更があったのかもしれない。何にせよ確認は必要だろう。

 ディルのことがあったのに、冷静に依頼のことを考えられる自分に吐き気がしながらも、私は口を開いた。


「どうしてここに?」

「それが……えっと、その」


 ミィシィは表情を曇らせた。ヘゲロペが重い口を開く。


「泊まらせてもらおう思っとったやつは、死んどった」

「は!? 死んだ!?」


 ジュンヤが驚きの声を上げた。声の大きさから、数人の客がこちらを迷惑そうにちらりと見て、また自分の皿に戻っていく。

 ヘゲロペは顔を上げもせず、ほとんど減っていない煮込み料理の液面を見つめている。柄にもなく参っている様子だった。疲れた顔をしていて、この一日でぐっと老けた印象だ。


 騙し合いが得意な商人であるヘゲロペが、こんなに感情を隠せずにいるのは異常だ。

 場合によっては依頼に差し支えるかもしれない。


「何があった?」

「……ワイはこの町に、知り合いの細工師がいてな。ついでに細工物を仕入れよう思うて、そいつを訪ねたんや。けど、そいつはおらんかった」


 まあ、なくはない話だ。夜逃げや死亡。どちらもこの世界では珍しくない。私は黙って聞き流す。

 ヘゲロペは懐かしむように、大きな掌に目を落とす。


「あいつ、腕はよかったんや。元は火の国出身でな。子供がモンスターに殺されてからは水の国に移って、夫婦で静かに細々暮らしとった。なのに」


 ヘゲロペは深く項垂(うなだ)れた。


「だけど、いなくなってただけなんだろ? 旅行とか、細工師ならそれこそ仕入れとか」

「話を聞いたら、エミリオは、少し前に死んだらしいんや。地底湖の洞窟に、材料の鉱石を採りに行ってな。その数日後から、嫁さんの姿もないんやって」


 ヘゲロペに希望的観測をとなえたジュンヤは、その答えで押し黙った。

 地底湖の洞窟で何が起こっているかは、私もジュンヤも見てきたばかりだ。おそらくヘゲロペの友人だったというエミリオも、洞窟で水の顔のようなモンスターに殺されたのだろう。

 ……あるいは、あの『ディル』に。


 ヘゲロペは、

「ワイらは当面この宿に泊まる。連絡があれば、部屋に()。ミィシィがおる」

と言い、部屋の番号だけを伝えて席を立った。

 ミィシィも遅れてぺこりとお辞儀し、ヘゲロペを追いかけていく。


「……ナミ。討伐は『フランベルジュ』でやってもいいんだぞ」


 ヘゲロペとミィシィの背中を見送りながら、ジュンヤがぽつりと言った。

 ジュンヤの気遣いが、惨めで仕方なかった。私は精一杯の強がりを吐く。


「……いや。私はやる。それより、早く部屋に行ってリクシャの様子でも見てくれば?」


 私はジュンヤの物言いたげな眼差しを無視して、食堂の隅の席に座った。事情を知るニンゲンから離れて、一人になりたかった。頭を占めるのは、ディルに魔法のことを教えてもらったときの記憶や、一緒に過ごした日々の戻れぬ思い出ばかりだった。

 ジュンヤは迷う素振りを見せながらも、上階へと向かっていった。




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