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ナナツヨの泣かない死霊術師  作者: いちい
へなちょこ冒険者と水の国
24/98

水に混じる赤

残酷描写あります。苦手な方は注意してください。

 



 二ジェが幼さに反した鋭い声で、再び警告を発する。


「うえなの!」


 はっとして上を見上げると、そう高くない薄青の岩天井に、水の顔が一体、貼り付いていた。スライムのように粘つく動きで糸を引きながら、顔は通路に落下する。


 私やリクシャ、二ジェは前衛のジュンヤとピーネと分断されてしまった。隊列の中ほど、場所が悪かったリクシャは、水の顔を避けきれない。

 水の顔の痘痕面が喜悦に歪み、口が大きく開いて落ちざまにリクシャの右腕を食んだ。


「イヤァアアアあ亞ああ!」


 かん高いリクシャの悲鳴が洞窟に反響する。リクシャの腕は、肘から先をすっぽりと口に収められた。青く透き通った水の顔の口中で、リクシャの腕は少しずつ溶解し、気泡と血を水に溶かす。

 リクシャは腕を引き剥がそうと無事な左腕で右腕を引っ張るが、びくともしない。


「リクシャ!? どうしたんだ!?」


 水の顔の向こうでジュンヤが焦ったような声を上げた。

 今は私たちに注意が向けられているが、リクシャを襲う『顔』の注意が逸れたら、ジュンヤとピーネは挟み撃ちされるだろう。


 私はローブのポケットに手を突っ込みながら、声を張り上げた。


「こっちのモンスターは私たちでどうにかする! 二ジェ、新手が来ないか警戒して。リクシャは私が」


 白い紙包みを二つ取り出し、短く詠唱する。


「『来たれ』……!」


 ごっそりと魔力が減る。カスターとディルを喚びだそうとしたのだが、現れたのはディルだけだった。


「っ、駄目か」


 おそらく二人以上喚びだすのに必要な魔力量が足りないんだろう。一人では心もとないかもしれないが、今はどうしようもない。


 私はディルに言う。


「リクシャを……!」


 それで通じたのか、ディルは無感情に水の顔を見る。

 詠唱もなしにリクシャの影から闇が湧き出し、泡を連ねたような形状になって、リクシャごと水の顔を呑み込んだ。


「え」


 思わず声が出た。

 リクシャごと攻撃してないか、これ。


「リクシャお姉ちゃん!?」


 二ジェがあまりの光景に声を上げた。


 私には成り行きを見守るしかできない。闇はもごもごと咀嚼するように蠢くと、リクシャだけを吐き出して消えた。

 味方ごと攻撃したんじゃなくて、こんな状況にも関わらずほっとする。

 ディルも、闇が消えるとすぐに掻き消えて紙包みに戻った。


 リクシャは腕を抑えて苦悶の声を上げているが、まだ喋れるなら死んではいない。

 二体目の水の顔が消えた奥に、まだ一体目と交戦中のジュンヤとピーネがいた。


 私も援護すべきだ。だけど、ディルを喚び出したのでかなりの魔力をとられ、魔力切れを起こしかけていて動けそうにない。

 目眩(めまい)がして、薄青い岩壁に手をつく。


 ジュンヤが炎を纏った剣で何度も水の顔を切り裂いているが、すぐに断面同士がくっついてしまって苦戦しているのが見える。

 ピーネが下がり、論理魔法を発動させた。


「『氷槍』、行きなさい!」


 ピーネの剣先に、氷の投槍(ジャベリン)がびきびきと音を立てながら成形されていく。

 射出された氷の投槍は水の顔の頬のあたりに刺さり、急速に凍てつかせて対象を氷像へと変える。

 完全に凍りついた水の顔は醜悪な笑顔のまま、高い音を立てて砕け散った。


 ピーネが新手を警戒する一方で、ジュンヤはリクシャのもとに走った。

 二ジェがうずくまるリクシャの横で膝をつき、心配そうに覗き込んでいる。


 リクシャの右腕は、指が欠損し、手先に向かうにつれ短くなっていた。水の顔の構成成分は酸らしい。

 怪我は酷いものだったが、出血は止まっていた。神聖魔法を使えるのはリクシャだけだから、自分で治療したんだろう。


 リクシャは憎悪に満ちた鋭い目で私を睨む。


「あなたのせいよ……!」


 低く呟かれたそれは、洞窟にこだました。

 リクシャの顔が、憎々しげに歪む。


「……死霊術師なら、なんで最初から死霊を先行させないのよ。死なないし痛みも感じない、再召喚すれば代えだってきく。あなたが死霊をもっと早く喚んでいれば、あたしはっ!」

「リクシャ、やめろ! 仲間割れしてる場合じゃないだろ」


 ジュンヤが止めるのも聞かず、リクシャは叫ぶ。


「ここに来たのだって、あなたせいじゃない! どうしてっ、あたしが!!」

「リクシャ!」


 ジュンヤの咎めに、リクシャは荒い息をつきながら目を伏せた。涙が一筋、ゆっくりと頬に流れ落ちる。


「──神聖魔法でも、欠損した部位は治せないのよ……」


 リクシャの指は、治らないのだと。

 リクシャは泣いていた。


「リクシャ……」


 ジュンヤは負傷した仲間の名前を呟き、舌打ちした。洞窟の先を、眉をひそめて見据える。


「……負傷者も出た。奥に進むのはやめた方がいいかもしれないな」

「私は一人でも行く」


 そもそも初めは、私一人で来る予定だった。ジュンヤたちがいた方が戦力的に都合がいいが、いなくても困りはしない。

 魔力切れの症状もおさまってきた。


 ジュンヤは少し考えて、告げる。


「おれはナミに同行する。ピーネと二ジェは、リクシャを連れて離脱してくれ。あのモンスター相手なら、少人数の方が有利だ」

「わかりました。先に、町へ帰還します」


 ピーネは応えると、リクシャと二ジェを連れ、出口へと向かっていく。


「あなたは一緒に戻らなくていいの?」


 メンバーを帰還させてギルドマスターだけが残るというのは、普通はない。

 ジュンヤに帰ってほしいわけではない。しかし、もし私を一人で行かせることへの罪悪感や躊躇(ちゅうちょ)からの行動なら、不要どころかむしろ邪魔だ。


「おまえは危なっかしすぎる。前は危険人物的な意味で危ないと思ったが、今は別の意味で危ういと思う」

「そう」


 まあ、好きにすればいい。


 ジュンヤは水の顔のドロップアイテムと大振りの魔晶石を拾った。二つずつあるそれらの一組を私に投げ、奥に進む。

 それなりに大きい魔晶石だ。ドロップアイテムは、小瓶に入った水だった。ギルドに行って鑑定してもらえば、正体がわかるだろう。

 ポーチに受け取ったものを押し込み、私も奥へ向かう。


 足を動かしながら、リクシャの言葉について考えた。


 リクシャは甘い。冒険者なんかやってる時点で、負傷の可能性は常につきまとう。怪我をすれば自分の未熟さを呪うしかないし、危険があるからこそ得るものも多いはずだ。


 私のせいにしたのも、八つ当たりとしか思えない。私は『フランベルジュ』のメンバーじゃないんだから、本来助ける義理もなかったのに。

 しかも、私に着いてくると言い出したのはジュンヤだし、それに同行すると決めたのはリクシャ本人だ。


 でも……。


『……死霊術師なら、なんで最初から死霊を先行させないのよ。死なないし痛みも感じない、再召喚すれば代えだってきく。あなたが死霊をもっと早く喚んでいれば、あたしはっ!』


 ……それだけは、事実だった。


 私はまだ忘れられない。死んだみんなと一緒に過ごした時間を。

 とても大切だった、あの記憶を。


 金属の擦れる音で我に返る。いつの間にか、前を行くジュンヤが剣を抜いていた。

 通路にはまた道を塞ぐように、『水の顔』が詰まっていた。


「『氷槍(ヒョウソウ)』!」


 ジュンヤが論理魔法を発動させた。氷の投げ槍は生成されない。魔法付与のギフトの効果か、代わりにジュンヤの剣が冷気を帯び、霜が付いている。


「ナミは魔防低下を頼む」

「『見えない侵食を』」


 私が即座に詠唱を終えると、ジュンヤは水の顔に突っ込んでいった。水の顔は口を開けて水泡のイボだらけの舌を伸ばすが、ジュンヤは軽くかわす。

 そして大きく踏み込んで、両手で握った剣を振り下ろした。

 水の顔は斜めに真っ二つになり、断面からびきびきと凍りついた。

 数秒も経てば、残るのは魔晶石とドロップアイテムだけだ。


「弱点さえわかればちょろいな」


 ジュンヤはにやりと笑って、ドロップアイテムと魔晶石を拾い、先に進む。


 薄青い洞窟の気温はどんどん下がっていく。比例するかのように、腐臭が濃くなった。


「寒いな」

「そろそろだよ」


 私が答えると、ちょうど広間が見えてきた。湖の中心に誰かが横たわっていて、その誰かのローブに見覚えがある私はジュンヤを押しのけて走りだす。


「おいっ」


 誰かが何かを言った気がする。私にはそれも聞こえない。


「ディル!」


 ディルの名前を呼びながら、緩やかな坂道を駆け下りる。足が(もつ)れるのさえもどかしい。

 広間に入ったところでジュンヤに追いつかれ、腕を掴まれた。


「やめて、行かせてよ!」

「落ち着け!」


 私は充分落ち着いている。死んだと思ってたディルがそこにいるんだから、会いに行くのは当たり前だ。


 腕を振り払おうと抵抗すると、ジュンヤは後ろから私を羽交い締めにした。


「……っ!」

「落ち着けって言ってるだろ! あれがディルだっていうのか!?」


 黒いローブに、黒い金属の杖。小柄な体。

 俯いて湖面を覗き込んでいたディルが、ゆっくりとこちらを向く。


「じゃあ、おまえの知ってるディルには……あんな尾鰭(おびれ)があったっていうのかよ!?」


 ジュンヤは弾劾するかのように、言った。


 ディルは、地底湖の上に乗っていた。

 ディルは、退屈そうに寝そべっていた。

 ローブの裾から、大きな黒い、魚の尾を投げ出して。


 湖は赤黒く濁り、ヒトの腕や足が水面に何本も飛び出している。沈んでいるのは、動物や人間、モンスターの、無数の死骸。

 どれも水でふやけて、ぶよぶよに膨張している。


 ディルのようなナニカが、悪夢のような湖の上で、私を見て(ゆる)く微笑んだ。


「久しぶり」




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