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ナナツヨの泣かない死霊術師  作者: いちい
へなちょこ冒険者と水の国
22/98

惑い水(まどいみず)

 




 ミィシィが、不思議そうに首を傾げる。


「でも、おかしいですよぅ。ギフトは誰にでも与えられるからギフトなんですもん。ナミさん、ギルドカードみせてもらえます?」

「……まあ、いいけど」


 そのくらいでこのくだらない話題から解放されるなら、安いものだ。私はポーチからギルドカードを取り出し、そして……絶句した。


「……ずっと???だったギフトが」


 喘ぐように呼吸する。ギフトの欄には???はなかった。そこにいつのまにか書いてあったのは、見慣れぬギフト名。

 ミィシィは短く断りを言うと、私のギルドカードを横から覗き込んだ。


「『浄化』ですか……聞いたことないですね。あのぅ、ちょっと()せてもらっていいですか……?」

「みせ?」


 ミィシィは承諾を待たず、そばかすの散った顔を私に寄せる。


「近い」


 苦言を呈すと、ミィシィは慌てて身を引き……バランスを崩して、危うく焚火に背中から突っ込みそうになった。


「熱っ! はわわっ」


 ミィシィは何を考えているのか、さらに後方に体を倒す。

 焚火から爆ぜる火の粉がミィシィの服に飛ぶ。


 こんなことで依頼人方のニンゲンを死なせるなんて、冗談にもならない。代金を値切られたらどうしてくれる。

 私は手を伸ばして、ミィシィの赤いおさげを掴んだ。


「あ、ありふぁとうございましゅ……」


 ぜいぜいと息を切らし、ミィシィが言った。

 ミィシィは地面に手をつき、なんとか体を安定させた。目を閉じ、荒い息を整える。次にミィシィの目が開いた時、彼女の灰色の瞳は妖しい光を帯びていた。

 普段のおどおどした様子からは考えられないほど滑らかに、ミィシィは言う。


「『浄化』……魔法系ギフト。威力上昇効果など受動的に発動するのではなく、任意で発動させる技能です。効果は……わからないです。浄化というくらいですからぁ、えっとぉ……何か特定の種別に劇的な効果が見込めそうですかね」


 言い終えると、ミィシィの灰色の目が輝きを鈍らせる。数回の瞬きの後にはもう、元の気弱そうな目に戻っていた。


「今の、何?」


 尋ねる私に、ミィシィはささやかに微笑んだ。


「あぅ、わ、わたしのギフトは『目利き』でしてですね……。商品の品質以外でも、ヒトの能力やある程度の強さも目利きできる、です」

「……そう」


 見るからに気弱でドジなミィシィを商人気質の強いヘゲロペが雇う理由が、やっとわかった。

 ミィシィに商売の才能がなくても、そのギフトは商人にとって十分に価値があるということなんだろう。


 肝心な時に役に立たなかった、私のギフトとは違って。


 ──何が、贈り物(ギフト)だ。




 私はパンとスープを苛立ちと共に流し込んだ。立ち上がり、焚火を離れる。

 少し離れた水路のほとりに行き、水面を見下ろす。夜空が映り込んだ水は、どこまでも黒い。

 耳を打つ足音。

 見ると、ジュンヤがこちらに歩いてきている。


 ジュンヤは出し抜けに、ばつが悪そうに私の顔を見て謝った。


「その……悪かったな」

「何が?」

「ギフトのことだ」


 ジュンヤの足が、私の一歩手前で止まる。ジュンヤは黒い水路に目を落とした。


「俺はさ、おまえが強いのはギフトのおかげだと思ってた」

「強いギフト持ってるのはあなたでしょ。剣か魔法のギフトだよね」


 ジュンヤは水路を見つめたまま、腰に吊るした剣の握りを触った。


「俺のギフトは『魔法付与』だ。武器に魔法を付与できる。炎魔法を付与すれば炎の魔法剣になるし、風を盾に付与すれば攻撃を風で逸らす」

「……典型的な戦闘系ギフトだね」

「……ああ」


 ジュンヤの声は沈んでいた。


「俺は、おまえは特別なギフトを持ってるんだと思ってた。だからそんなに強いし、迷わないんだと思った」


 ジュンヤは深く息を吸った。


「だけど、違うんだよな。ギフトや才能だけが全てじゃないし、強いだけでも駄目なんだ。おれさ、さっき魔法のこと聞いて、気付いた。おれには魔法の知識なんかたいしてないし、剣だって型なんかぜんぜん知らない。正直、レベルだけ高ければそれでいいんだって思ってた」


 とりとめのない話だ。だが、ジュンヤは誰かに聞いてほしかったのだろうと思う。私は静かに、ジュンヤの話に耳を傾ける。

 ジュンヤの指先が、剣の(つか)をなぞった。


「だけど、きっとそれだけじゃないんだ。おれはずっとBランクだっていうのが不満だったしおかしいと思ってたけど……何もかも足りなかったんだな。技も、知識も────覚悟も」


 ジュンヤは言葉を切って、私に真正面から問いかける。

 朧げな月の光が照らしたジュンヤの顔は、泣き笑いのように情けないものだった。


「……おまえは、人を斬れるんだよな?」


 それが、ジュンヤが一番訊きたかったことなのだろう。

 私は目を伏せ、答える。


「……斬れるよ」


 くしゃりと歪む、ジュンヤの顔。彼は息を詰まらせると、悲痛な声を上げる。それは静かな慟哭(どうこく)だった。


「……どうして斬れるんだよ!? だって人間だろ? 俺たちと同じ!」

「斬らないといけない世界に私がいるから」


 ジュンヤのいたのは同じナナツヨ。だけど、取り巻く世界はあまりにも違う。


「私は、自分が敵を斬らなきゃ殺される世界に生きていた。……この世界は、優しい世界なんかじゃない」

「なんだよそれ……」


 剣をいじっていたジュンヤの手が落ちる。そしてもどかしげに何かを掴むように動き、彼の上衣の裾を握った。


「なんなんだよ、それ……」


 私は力ないジュンヤの呟きに答えず、ただ冷たい言葉を、現実を吐き出す。


「今日の昼間、盗賊が出たよね。あの時私が短剣を投げなければ、ピーネは斬りかかられてた」

「だけどおまえは盗賊を殺さなかった」

「あの盗賊はね。もしあいつらが手加減ができないくらい強かったらどうするの? 仲間が殺されるのを、ただ見てるの? 昼間みたいに剣を落として」


 ジュンヤは悪夢を見たばかり子供のように、苦しげに私の顔を見る。


「おれは……敵を、たとえニンゲンだとしても、殺せるようにならなくちゃ、いけないのか?」

「……そうだね」


 私はなるべく気負っていないふうに、無感情に見えるように、断言した。それでも間が空いてしまうのは止められなかった。


 私は、もうこの世界で大切なものを見つけ、そしてなくしてしまった。

 それらはもう守れないけれど、仇を討ち魔女を殺すには、強くならないといけない。


 今までは、みんながいた。みんなと一緒ならどんなニンゲンにも遅れを取らなかったし、誰かを殺さずに無力化するのも簡単だった。だけどもう、みんなはいないんだ。

 だから──


 ────私はそれを、できるようでなくてはならない。


 私は立ち(すく)むジュンヤを残して、焚火の明かりが見える方へと戻っていく。




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