広がる波紋
豆粒くらいの大きさだった盗賊たちが、砂埃と共に近付いてくる。
5人ほどの集団。多くは徒歩だが馬に乗ったリーダーらしき盗賊が先頭で、下卑た笑いを浮かべる口が、黒い布の下からちらりと見えた。
「女ばかりか。おめえら、今日はついてるぞ!」
背後の盗賊たちが、野卑な歓声を上げる。
「戦うしかなさそうだね」
私が小声でそう言い短剣を取ると、ピーネが三又鉾を構え、リクシャと二ジェも武器を握った。
私は先制して論理魔法を唱える。
「『闇棘痛苦』」
盗賊たちは魔法が来ると思い身を固くしたが、何も起きないとみるとせせら笑う。
私が放ったのは、持続ダメージ付与の魔法だ。
効果が出るまで少しかかるしダメージ自体は弱いが、この魔法のいいところは別にある。
盗賊たちの影から黒い茨が生え、足に巻きついた。
盗賊たちの笑みが凍り付き、うめき声がそれに取って代わる。
私は笑った。
「痛いだろうね。……くくっ」
この魔法は、とにかく痛いのが特徴だ。足を闇の茨が這う痛みは、相手に魔法を紡ぐ精神集中を許さず、拘束する。
こんなところにいる盗賊に魔法を使うような技能があるとは思えないが、念のためだ。
あと嫌がらせ。
「……はっ!」
ピーネの三又鉾の柄が風を切って、盗賊二人の胴体を薙ぎ払う。くの字になった盗賊たちは吹っ飛び、意識を失った。
どれだけ雑魚なの……。ピーネの強さより、何一つできずに吹っ飛ぶ盗賊の雑魚加減が物悲しい。
「『炎矢』!」
リクシャの論理魔法が短杖の先から飛ぶ。固まっていた二人の盗賊の顔のあたりに飛んだ炎の矢が空中で爆ぜ、男たちは手で顔を覆い、転げ回る。
リクシャは『炎槍』も使えるはずなのに、あえて低位の『炎矢』にするあたり、ほんのり優しさを感じなくもない。
「二ジェも負けないの! 『麻痺付与』!」
二ジェは論理魔法で矢に麻痺を付与したようだ。
闇の茨の痛みで動けないリーダーの足を狙って、矢が放たれる。盗賊のリーダーはなすすべもなく倒れこんだ。
「やったの!」
二ジェは無邪気に喜び、ぴょんぴょん跳びはねる。
ピーネが前髪を整えながら、倒れた男たちを見下ろした。
「さすが盗賊。モンスターも倒せないくらいの軟弱さですね」
ピーネの背後で起き上がる影がある。顔面を焼かれ、怒りに染まった盗賊の壮絶な目。
「……はぁ」
仲間でもなんでもないただの同行者だから、私にピーネを助ける義理はない。そもそもピーネたちのレベルなんか知らないし興味ないけれど、盗賊ごときでがたいした怪我をさせられるとも思えない。
だが、依頼人は馬車の中とはいえ近くにいるし、ここで『フランベルジュ』との関係を悪くすると後が面倒だ。
私は短剣を、顔が焼けた盗賊の、まさに粗末な短剣を振り上げようとしている腕に投擲した。
距離があったためか狙いはやや逸れ、刺さったのは肩口だ。
「ぎゃあああ!」
「叫び方にオリジナリティがない。弱い上につまらない」
冷めた目で、肩を抑えて叫ぶ盗賊を見る。
「ありがとうございます」
ピーネの礼を聞き流し、二ジェに麻痺付与を頼む。二ジェは嬉々として矢を放ち、盗賊は沈黙した。
麻痺で動けない盗賊に歩み寄り、腕に刺さった短剣を引き抜く。黒い刃が盗賊の汚い血で汚れていた。
不愉快さに眉を寄せて、ポーチから布切れを取り出して血を拭った。
綺麗になった短剣をホルダーに仕舞い、馬車に戻る。
ヘゲロペにこいつらを縛るロープでも分けてもらおう。
馬車の横で立ちすくむジュンヤが、顔を青くしていた。私まで躊躇なく攻撃をしたことが、信じられないのかもしれない。
ジュンヤの足元には、彼の片刃の剣が転がっていた。
「ジュンヤ、ヘゲロペにロープを分けてきてもらってきて。商人ならこういうことはよくあるから、持ってるはず」
「あ、ああ……」
頷いたジュンヤの手は震えている。ジュンヤは剣を拾って鞘に収めると、頼りない足取りで馬車の中に入っていった。
盗賊たちは縛られ、馬車の隅に転がされることになった。盗賊のリーダーが乗っていた馬は、馬車を引く馬たちと一緒に繋がれた。
馬車はさらに狭くなったが、地底湖の近くの街はもうすぐだ。
盗賊に身を落とすのは僅かな例外を除いて、モンスターを倒せる実力がない無法者や、臆病者だ。街からそう離れたところではモンスターに襲われてしまうから、活動できない。
水路はまだ続いている。
街まであと半日ほどということろで夜になり、焚火を囲んで食事を摂る。
鍋の中では暖かいスープが湯気を立てている。ヘゲロペの好意で格安(でも有料)で譲られた白いパンとスープを手に、各々の食べ方で食べている。
馬も食料を与えられていて、よくわからない野菜をぽりぽりかじっている。
盗賊はまあ、一日くらい食べなくても平気だろう。
私はお椀にミィシィがよそってくれたスープを受け取り、息を吹きかけて冷ます。
視線を感じて顔を上げると、ジュンヤが浮かない顔でこちらを見ていた。
「何?」
「いや……」
煮え切らない態度だ。
だが、本人がいいならいいだろう。
ジュンヤから目線を外し、お椀を冷ますのを再開する。
二ジェがパンくずを落としているのを見かねて、ピーネが二ジェに注意しているのを聞くともなしに聞いていた。
ヘゲロペが口を開いた。
「もうすぐやな」
「そうだね」
「おまえさんたちは思ったよりやってくれとって、ワイは満足や。このまま専属になってほしいんやけど……」
「断る」
「嬢ちゃんはそうやろうな」
ヘゲロペは苦笑した。
「ワイはお嬢ちゃんのこと、気に入っとるよ? テンペランティアに来たときは、いつでも遊びに来。歓迎する」
「どうも」
会話が途切れる。暗闇の中で燃える火を見、火が爆ぜる音を聞く。
魔法は便利だ。焚火をするにも、詠唱一つで火が起こせてしまう。
ミィシィが言った。
「あのう、ナミさん」
面倒だから無視したい。しかし、依頼人方のニンゲンを無視するわけにはいかない。目線を向けずに返事をする。
「何?」
「ひっ、ごめんなさいごめんなさいぃい!」
「モンスターが寄ってくるから、あんまり騒がないで」
ミィシィはひとしきり謝ると、問う。
「ナミさんってすごく強いですよね。……どんなギフトをお持ちなんです? 戦闘系のギフトですよね?」
「私にギフトはない」
「「えっ!?」」
声が二つ重なった。ミィシィと、誰かと思ったらジュンヤだ。
「なんであんたまで驚くの」
ジュンヤは目を逸らす。
「いや、強いから」
「強いから何? ギフトのおかげで強いんだと思ったってこと?」
「わ、悪い」
ジュンヤはスープを一口すすった。ジュンヤの横顔が、焚き火に照らされる。
「……そういえばナミ、盗賊を捕まえた時に使ってた論理魔法はなんだったんだ? 毛色の違う詠唱で、初めて聞いた」
「あれは普通の論理魔法だね。効果は持続ダメージ付与」
ジュンヤは何かを考えるような顔でしばらく焚火を見つめていたが、そのうちお椀の中身をかっこむと、ぼんやりとした様子で席を立った。




