召喚2
ついに目的地……少年の父のいる場所に辿り着いたのか。
少年は見なりや口調からして王子だろう。
とすると、少年の父親は国王。失礼をしなければ良いのだけれど。
私がそわそわしていると、少年は正面にある不必要なほど大きな扉の両脇で控える2人の衛兵に、顎をしゃくった。
衛兵は軽鎧、というのだろうか、簡易な鎧を身につけている。
2人の衛兵が合図を受けて、重そうな扉を両側から開いていく。
少年は扉をくぐり、中へと入っていった。
私も後に続こうとするが、衛兵のうちの一人が私を見ていることに気がついた。
目が合う。
彼は、彼の相棒にも聞こえないほど小さな声で、
「お逃げ下さい」
と言った。
聞き間違いかもしれない。
そう思うには、彼の目は真剣すぎた。
私が足を止めると少年が私のところまでとって返して、制服のすそを引っ張って急かす。
彼はもう目を伏せてしまっていて、私には問い返すことはできなかった。
高揚してい心に影が差す。
とにかくまずは国王に話を聞かなくては判断できない。けれど、謁見を前に、あの衛兵の瞳にあった哀れむような光は、私に一抹の不安を抱かせた。
謁見の間は広さのわりに、ほとんど人がいなかった。これなら私が召喚されたあの部屋の方が人が多い。
磨き上げられた白い石の床も、数人の影を映すばかりだ。
背後で扉が軋む音がする。
扉が衛兵の手で閉ざされたようだ。
正面の奥、一段高くなったところに玉座があって、国王らしき人物が座っている。玉座は金色の華美なもので、細工もあいまってどこか安っぽく見えた。
段差のすぐ下には、白いローブを着ている老人と、こちらは対照的に、優美な鎧姿の、精悍な若い青年が立っている。
玉座を中心に、彼らは線対称の位置に陣取っていた。
厳かな雰囲気に、唾を飲む。
ここまではゲーム感覚で、非現実的な状況に酔って、場に流されていた。けれど、この緊張感は、明らかに現実だ。
少年は、年齢に不相応な優雅な仕草で跪く。
「ちちうえ。せんこくしょうかんにせいこういたしました、ゆうしゃをつれてまいりました」
国王は、頷く。
「うむ。さて、勇者殿よ、よくぞ参った。
我こそが、偉大なるテンペランティアの国王である」
王様にそう言ったけれど、私はどう返せば良いのか分からない。
まさか無反応というのはないだろう。
けれど、礼儀作法なんて分からないし、まさか現代日本に『王族との正しい接し方』なんてハウツー本があるわけもない。ましてあったとしても、読んだことがあるはずがない。
困っている私に、王様が言う。
「楽にせよ。異世界の住人たるおぬしに、煩いことなど言わぬ」
「あ、ありがとうございます」
「して勇者よ、おぬしには、魔を払ってもらいたいのじゃ」
「魔……?」
さっそくのファンタジーなワードに胸が躍る。
控えていた白いローブの老人が、王に目配せして後をつぐ。
「つまり、魔物退治ということですじゃ。勇者の世界には、魔物はおらなんだですかいのう?」
「いません」
「ふむ」
国王が唸り、私をじろじろと眺めた。露骨な値踏みに少し気分が悪くなる。
「水場に水龍竜が棲みつき、民は苦しんでおる。その竜を倒し、国を救ってくれ」
「その前に、私は元の世界に帰れるんですか?」
これだけは訊いておかないといけないだろう。確かに元の世界はつまらなかったけれど、私には家族や友達がいる。未練がないわけではないのだ。
……それに、この質問はテンプレだし、ね。
国王は重々しく頷く。
「おぬしが災厄をうち払えば、あるいは」
「……え?」
──『あるいは』?
聞き間違いじゃ……ない、の?
──間抜けな話だけれど、否定されたときのことなんて考えていなかった。
冷静に考えればそうなのだ。物語でも、必ずしも帰れるとは限らなかったじゃないか。
無情な国王の声が、まるで他人事のように耳に入り込む。
「この世界の人間は、みな『ギフト』と呼ばれる能力を持っておる。ほとんどが他愛もないものだが、異世界から召喚された人間は、総じて優秀な能力を授かりやすい」
ひどい顔をしているだろうと、自分でも思う。
何が起きているのか、理解できない。思考が鈍く、まともに働いてくれない。いっそ、わめいて取り乱せたらよかったかもしれない。
けれど、まだ混乱から抜け出せない私には、ただ突っ立っていることしかできなかった。
「魔術顧問よ、その娘の才はどうだ?」
「さあて、魔力こそ強いようですがのう。……論理魔法、精霊魔法、神聖魔法。いずれもたいした才能はなさそうですじゃ」
国王のため息が聞こえる。私が縋るような目を向けると、王はそれを黙殺して、若い男を一瞥した。
一瞬の後、左腕に激痛が走る。
「……っ、きゃあああああ!」
頭を占めるのは、熱い、そして、痛い、という感覚。経験したことのない痛みに、頭が埋め尽くされていく。
急激に、ぬるま湯のような幻想につかっていた思考が、現実に追いつく。
なんでこんなことを……?
左腕を押さえていた手を見る。べったりと、赤い液体がぬるついていた。
「あ……う……」
入り口で衛兵が耳打ちしたのは、このこと?
裏切り。
その言葉が頭を過った。けれど、そう、それはおかしな話なのだ。
最初から、ここに私の味方なんて一人もいなかったんだから。
「あー、武術も見ての通りです。才能ナシ」
「うむ」
床に倒れこんだ私が見上げると、玉座に座った王は、私をゴミでも見るかのような目で見下ろした。
国王が、指を鳴らす。
すると、私たちの入ってきた扉が開いて、騎士たちがなだれ込み、私を取り囲んだ。
「ソレはハズレだ。役に立たん。檻に閉じ込めて、水竜の餌にでもしておけ。多少は時間が稼げるだろう。もし水竜がまだ暴れるようなら、また平民の娘でも与えておけ」
今日の夕食がまずかったからコックを呼べ、というような口調だった。
私は、はっ、と敬礼した騎士たちに、即座に捕らえられた。両腕を後ろに回して拘束される。
国王は足を組んで、肘掛けに肘を乗せ頬杖をつきながら、傲然と目を細める。
「やれやれ、ようやくあの泉の水が手に入ると思ったのだが。いくら平民を犠牲にしようとも、妃や娘の願いは叶えてやりたいというに」
こんなはずないよ。
だって。私は必要とされてよばれて。
────ソレはハズレだ。役に立たん。
首筋に衝撃を感じ、意識が闇に呑まれていく。
薄れゆく意識で最後に認識したのは、
「つかえないな。これじゃあちちうえにほめてもらえないじゃないか」
という、子供の声だった。
冒頭が唐突すぎる気がしたので、改稿しました。その関係で、「召喚」は大幅に修正されています。