表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ナナツヨの泣かない死霊術師  作者: いちい
泣けない死霊術師と違う世界
14/98

問:あなたはなにをしたいのですか?

 




 サロウピッグを討伐した草原からカスターを先頭にしばらく歩くと、たどり着いたのは洞窟だった。


 内部からは、ひんやりとした冷気が漂ってくる。

 不思議と不気味さはなく、ただ薄青い綺麗な色の岩盤にぽっかりと穴が空いているのが奇妙だった。

 洞窟周りの岩は滑らかで、人の手が入っているのは間違いなさそうだ。


 寂しい雰囲気の場所で、人の影はない。


 カスターたちは迷いなく洞窟に向かっていく。


「ここ大丈夫なの? こういう変わった所って、大抵はダンジョン化しちゃってるよね」


 ダンジョンはその土地が変異したものだから、自然にはありえない特徴を持っていることが多い。

 この岩壁の薄青い色は変異の典型だと思ったのだが。


「だーいじょーぶー! はやくおいでよー!」


 先を進んだディルの声がエコーする。

 ダンジョン独特の居心地の悪い雰囲気はないし、このまま一人でここに立っているわけにもいかない。


 私は3人のあとを追った。


 皆は中で待っていてくれたようで、合流は速やかだった。


 一本道で、多少蛇行することはあっても迷いはしない。先頭を行くディル、続くカスターとリディアの背中を追いかけていく。


 水滴が所々天井から漏れていて、冷ややかな洞窟に水音が響く。

 幾重にも重なった音は、輪唱しているようにも聞こえる。

 昼間でも洞窟に入ってしまったら暗いかと思っていた。だが、入り口同様の薄青い岩壁や通路に散在する水たまりからぼんやりとした光が投げかけられ、暗闇に困ることはない。


 光は純粋な白色だが、何が光っているのだろう。

 カスターもディルも危険はないと言っていたので、光っている壁に近づくと、濡れた壁の一部に苔が生えて発光していた。

 光苔か。


「そろそろ着くよ!」


 ディルが振り向いて私に言った。


「着くってどこに?」


「君にボクたちが見せたかったところ。着くまで内緒だよ。絶対驚くから」


 ディルは上機嫌に、また歩き出した。


 私も光苔の明かりを頼りに、凹凸のある一本道を行く。緩い下り坂から、私たちは地下へ向かっているらしいことがわかる。


 進むにつれて、水の匂いが濃くなってきた。

 気温もどんどん下がり、このローブがなければ寒くて進めなかっただろう。


 リディアから譲り受けた白いローブは高級な装備品で、寒暖など大抵の環境の変化には強い。


 何度目かになる角を曲がると、少し先に開けた空間が見える。出口だ。


「とっうちゃーく!」


 ディルの明るい歓声が、洞窟にこだました。


 私は圧倒的な光景に、言葉が出ない。


 洞窟の先には、巨大な地底湖が横たわっていた。湖はアクアブルーの水を湛え、波一つさえ立てずにそこに在った。


「どうだ?」


 洞窟に入ってから口を開かなかったカスターが尋ねる。


「凄いね。でもなんだか……」


 彼らがわざわざ連れてきてくれたのに、この先を言うのは躊躇われた。


 私が曖昧に語尾を濁すと、リディアがくすりと笑う。


「続きを当ててみましょうか。なんだか……寂しい場所。そうではなくて?」


「うん……」


「それは当然ですわ。この湖は古くより、見る者の悲しみを映すと言われているのですから」


「ここは、理由は分からないけど、人の悲しみを呼び起こすんだよ。でもね。ここで泣いた人は楽になるっていって、モンスターが増えるまでは名所だった」


「へえ……」


 このクソ世界にそんな優しい場所があるなんて信じがたい。どうせありがちな言い伝えだろうと、私は気のない相槌(あいづち)をうった。


 湖の縁に立つ。

 どこまでも澄んだ水色の奥に、湖の底が透けて見える。


「ナミ」


 カスターに呼ばれ、振り向く。


「ここに今日来たのは、貴女に質問があったからだ」


 改まるカスターに、私はどんな質問をされるのかと身構えた。


「貴女はこれからどうするのだ?」


「それは私の目的って意味で合ってる?」


「ええ。わたくしたちは、あなたに尋ねなければなりません。あなたがこの先何を望むのか」


「私はこのギルドにいる」


 リディアは悲しそうに(かぶり)を振る。


「そうではありません」


 カスターとリディアだけでは(らち)が明かないと、焦れたようにディルが言う。


「だからね、君はこれから何をしたいの? 魔法陣を解析して元の世界に戻りたいとか、テンペランティアに復讐してやるとか、そういうの。魔王になって世界を滅ぼす!とかさあ」


「こらディル、最後の一つは冗談で済ませられないぞ」


「でも、あり得るよね?」


 ディルの目がきらりと光る。

 カスターは怯んだようになったけれど、咳払いをして私に向き合った。


 訥々(とつとつ)と、彼は真意を語る。


「……私が貴女を助けたのは偽善に過ぎない。私の出身国は、テンペランティアなのだ。国に、騎士として仕えていた。だが……あの腐り具合には耐えられなかった。貴女を見て、その口からあの国の名が出てすぐ、事情は理解できた。どうしても放っておけはしなかった。だが、貴女のような召喚被害者はいくらでもいる。その全てを助けることなど、不可能だ。それにもかかわらず、目の前にいる貴女だけを、私は助けた。これを偽善と呼ばずして何というのか」


 手が白くなるくらい握り締められたカスターの拳に、リディアがそっと手を重ねられた。

 リディアの真摯(しんし)な慈愛に満ちた瞳が、私を見据える。


「わたくしたちはなにも、ギルドから抜けろというわけではありませんわ。ここの構成員はみな、どこか事情を抱えていて居場所のないものばかりですもの。けれど、それでも。答えが出ずとも、思考することを。探求することを辞めてはならないのですわ」


「つまり、今すぐ決めろって言ってるんじゃないけど、考えておいてってこと。君が何をしたいのかをね」


 ディルが彼らの言いたいことを、そう締めくくった。

 彼の大きな瞳に、私は見透かされるような気がしていた。


 私はその問いに答えることができなかった。


 迷っている。


 それはつまり、私が許しかけているということ。

 現状に甘んじているということ。


 皆との日々は暖かくて、いつの間にかここでの記憶は向こうと比べられないほどに大切になっていた。


 この世界は憎い。

 あの国も憎い。


 でも。彼らのことは嫌いになれなかった。

 いつか、彼らが見ているのと同じ世界を見られるような気がしていた。


 後に、私はこの答えを、そう時を開けずして埋めることになる。

 最悪の形で。


 そして私は思い知るのだ。

 私の物語は、まだ始まってすらいなかったのだと。


 この時はまだ、思いもしなかった。


 こんなにも、大切だったのに……。





予告通り、次の更新までは少し間隔が空きそうです。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ