サロウピッグ討伐
あくる日。
私は長閑な草原で……一面を埋め尽くす豚のモンスターと戦っていた。
「ナミっ、危ない!」
そう警告するディルも、私のすぐ近くで論理魔法を発動させ、杖先から氷でできた透明な鏃を数百にも届こうかというほど撃ち出している。
慌てて敵の気配を感じる方を、ナギに攻撃させた。
辺りには草原を埋め尽くすほどに豚モンスター__サロウピッグがひしめいている。
私がカスター、リディア、ディルと受けた不人気クエストは、『サロウピッグ討伐』。
サロウピッグはまん丸な豚型モンスターで、ショッキングピンクの皮と大きな瞳が特徴的なモンスターだ。
これだけ聞くとファンシーに思えるかもしれない。
確かにファンシーだろうね。
全身と巨大な鼻の穴から溶解液を出しながら、回転して人や畑に向かって転がらなければ。
サロウピッグは溶解液を分泌しながら転がって、手近なものに突進する性質がある。
稀に大繁殖し、村の人間や畑が被害にあうため、大繁殖が確認された場合はギルドから、近くにいた高ランク冒険者が半強制的に参加させられることになっている。
今回私たちがここにいるのはたまたまではなく、あくまでも自発的にだ。
サロウピッグの溶解液は武器や防具も溶かすので、冒険者たちからすると修理代が嵩むということで敬遠される。
かといってサロウピッグは1体で、ソロならB、ギルドならC+相当なのに、大繁殖時は最低でも30ほどの群れで現れるため、依頼の受けてが少ない。
今回は『潜水者の街』が参加するとあって、めぼしいギルドだと『EFC』、『フランベルジュ』などがクエストを受注している。
多分これ、下心からだと思う。
しかし彼らには残念なことに、これだけ豚がいると、埋れてしまってよく見えない。
この群れはかなり大きいようで、50はくだらないんじゃないかな。
所々サロウピッグがいないところが浮島のように点在していて、そこに他のギルドメンバーがいるんだろうな、とかろうじて判断できるくらいだ。
EFCはAランクギルド。
女性ばかりがメンバーで、男性はいない。
その実態は、エルヴィンファンクラブ。
エルヴィンに憧れた女性冒険者の精鋭10名からなる。
エルヴィンは今回こちらには参加しなかったのだけれど、エルヴィン様のためになれば!と叫びつつ依頼を受注したその姿には引いた。
たかがファンクラブと侮るなかれ、彼女たちは何より連携が強み。
現在も2パーティに分かれて、堅実にサロウピッグを倒している。
ここからでは編成が見えないけれど、聞いた限りではバランスの良い編成だった。
フランベルジュは、一言で言うとハーレムギルドだ。
ギルドマスターは迷い人と呼ばれる異世界の人間で、強力なスキルと能力任せの力技が得意なのだとか。
召喚被害者と異なり、迷い人は偶然この世界に迷い込んだ人間を指す。
ギルドマスターの少年は以前遠目に見た感じでは日本人の少年のようだったけれど、典型的な中二だと一目で分かった。
素人でも希少だわかるような片手剣と鎧を装備し、見せつけるように魚人族とエルフ、人間の美女美少女はべらせていた。
名前は……そう、ジュンヤ。
ハーレム要因が黄色い声で連呼していたから覚えてしまった。
今思い出してもむかつく会話だった。
「ねージュンヤ、次は何の依頼受けるのー?」
「ああ、そうだな。『サッドスネーク討伐』なんかどうだ?」
「……適正ですね。ジュンヤにはそのくらいでなくては釣り合わないと思います」
「ニジェもそうおもうの!」
「にしてもなんでいつまでたっても俺がBから上がれないんだよ。もう幾つもA−のクエストを達成してるっていうのによお」
「きっとお兄ちゃんのすごさがわかんないんだよ。ニジェはしってるの、お兄ちゃんがさいきょうだって!」
と、概ねこんな感じだったのだけれど。
彼らはわかっていない。
強さがあれば良いというものではないということが。
Aランクともなれば、最高クラスの冒険者Sランクの一歩手前。
一方彼らは討伐クエストばかり受けて、採集・護衛系のクエストをほとんど受けていない。
強いだけの脳筋はお呼びではないというのに。
ついでに言うと、私がこの会話を聞いたのは冒険者ギルドの中。
ギルドに対する不満をギルド内でぶちまけるような人が、ランクを上げられるわけがない。
Aランクに上がれるギルドはごく僅か。
BからAになるには、各種の依頼をバランスよく達成し、時には不人気クエストを率先して達成。さらにそこからめぼしいギルドには、冒険者ギルドの担当者が対象を尾行し、適性・素行などを調査し、それにクリアして始めて昇級試験を窓口で勧められる。
それは個人での昇級も同様だ。
これらの情報は、私の個人ランクがBからAに上がるかというとき、背後から気配を感じてうっかり捕獲してしまったギルド職員が洗いざらい吐いたものだ。
まあ結局のところ、向き不向きなんじゃないだろうか。
そんなことを考えつつ、私はナギに展開させておいた酸のリングを拡大させる。
アクアキャット同様、フリーズキャットも上位個体だけあって、酸のリングを出現させられる。
あまりにサロウピッグが多いので、事前の打ち合わせではカスターが前衛で豚を抑えているうちにリディアが防壁を張り、私が牽制。時間を稼いだところで一気にディルが大規模殲滅魔法を用いるということになっている。
だがあまりに豚が多すぎて、ディルも攻撃に回らなければならなくなってしまっていた。
作戦とは違うけれど、これでディルが攻撃に回れれば……。
私が目配せするとディルは詠唱を始めた。
おそらく水系の論理魔法だ。
ディルはやはり魚人族なだけあって、水や氷の魔法を多用する。
ナギにリングを維持させたまま、私も呪術を発動させた。
「『仇を侵せ』」
目には何も変化が見えない。
それでも魔法を使う人間なら、私を中心にした波紋が感じられたはずだ。
これは敵の魔法防御を低下させる呪術。
一見地味でも効果は推して知るべし、といったところ。
まあ、それを言ったら呪術はほとんどが地味なんだけどね。魔法陣とか出ないし。
敵に気付かれずに発動できるのは強み、だと思うけれど。
ディルの詠唱が完成する。
ディルは手に握っている黒い、艶のない金属で出来た杖を少し掲げる。
「氷晶驟雨!」
一帯の上空に巨大な暗く青い魔法陣が現れ、描かれた文字が青く明滅する。
魔法陣からは硬質な氷の礫が雨のように吐き出され、魔法陣の範囲内にいるサロウピッグの頭上に降り注ぐ。
「ぷ、ぷーぎぃー……」
ちょっと悲しそうな鳴き声を残して、ピンクの豚はみるみると数を減らして行った。
氷の雨は器用に人を避けてしばらく降り続き、やがて豚が片手の指で足りるほどに減ると魔法陣の消失と共に止んだ。
「ふぅー、これで良いよね!」
ディルは額の汗を拭った。
「ああ。後は他のギルドに任せることにしよう」
カスターとリディアも武器を収めた。
ナギが跳躍し、私のポーチの上に乗る。私も短剣を腰のホルダーに仕舞いながら、尋ねる。
「カスター、この後はどうするの?」
まだ太陽は高く、昼食を摂るにしても早過ぎる。
ここから村まではそうないので、少し早めに戻って達成報告でもするのだろうか。
「いや、少々寄りたい場所がある」
「へえ。どこに行くの?」
目的地を訊いただけなのに目を泳がせるカスターに代わって、リディアが含み笑いをした。
「ふふ、秘密ですわ」
「まさか危険な場所じゃないよね?」
リディアは完璧な淑女の微笑みを浮かべ、答えない。
リディアから聞き出すのはまず無理そうだ。
私はカスターに標的を変更して、ここぞとばかりに上目遣いで尋ねる。
「ねえカスター、教えてくれないの?」
瞬きを無理やり堪え、うっすらと瞳に涙を溜める。
効果はあまり期待していなかったけれど、カスターには有効なようで、彼はうっと言葉に詰まってあからさまに顔を背けた。
よし、あと一押し……!
私がダメ押ししようとすると、絶妙なタイミングでディルがカスターを指差してからかいだした。
「わー、カスター騙されてやんのー! あっはははは!!」
抱腹絶倒。
まだ少ないとはいえモンスターがいる場所でそれはアリなのかと心配になったけれど、もう残っているのは3体だけだった。草原には残骸として多量の中ぶりの魔晶石、それとサロウピッグの素材が転がっている。
3体全てをフランベルジュが引き受けているのが遠くに見える。
迷い人 ジュンヤとその愉快な仲間たちは派手なエフェクトを不必要に撒き散らして戦っているため、とても目立っている。
ジュンヤは片手剣に蛇のように絡めた炎の先を長く伸ばして、サロウピッグをローストしているようだ。
ディルの爆笑で、結局カスターから目的地を聞き出すことはできなかった。
まあ、彼が危険な場所ではないというならそうなのだろう。
カスターは嘘をつかないから。
ぐう。
……豚の焼ける匂いで、お腹がなった。
近日中にあと一話投稿したら、しばらく間隔が空くことになると思います。




