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ナナツヨの泣かない死霊術師  作者: いちい
泣けない死霊術師と違う世界
1/98

召喚1




  



 学校帰りの夕暮れ。

 人もまばらな小さい駅のホームで、電車待ちの列に並びながら、向かいのホームを観察する。


 もう6時ということもあって、私と同じように学生服を着た若者や、スーツ姿のサラリーマン、あるいは遊び帰りらしい私服の人間が、橙色の陽光を浴びて(たたず)んでいる。灰色のホームの、まばらな人影。


 いつもと同じ風景。


 退屈を感じながら、鞄から文庫本を取り出そうかと思ったときだった。


 風が(うな)る。

 一方向から反対への、風の動き。


 私は染めてなんかいない黒い髪を押さえて、腕時計を確認する。

 やっと電車が来たようだ。


 ホームに速度を少しずつ落としながら電車は侵入し、静かに止まった。中から数人の人が出て来て下車し、入れ替わりに私を含めた数人が、同じような顔をして電車に乗り込む。


 電車はいつも通り、空いていた。空席の一つが端の席なのを見つけて、これ幸いと腰を下ろす。


 電車は数秒口を開いたまま停車し、腑抜けた音を立ててから扉を閉めた。


 列車が小さく揺れ出す。


 私はあくびをかみ殺し瞼を下ろすと、そのまま夢の世界へと沈んでいった。




 しばらくしてから、大きな振動に体が揺さぶられる。


「っ、うわ」


 目を開き、とっさに膝の上で危なっかしく跳ねるスクールバッグを掴む。何があったのかと窓の外を見ると、景色が通常ではありえない速度で流れていく。


 大きな城を仰ぐ、煉瓦(れんが)造りの街。不気味にひと気のない路地の間を縫うように、電車は爆走している。この路線はいつも使うけど、こんな景色は初めて見る。

 手すりを握り、車内を見回す。乗客は私以外──いない。


「どういうこと……さっきまで、人、いたのに」


 唖然として呟く。だが、舌を噛みそうになって、すぐに口を閉じた。

 景色はめぐるましく移り変わる。


 やがて、窓の外の風景は変わり、真っ黒い紙に子供がデタラメに原色の絵の具を垂らしたようグロテスクな空間に突入した。暗闇にところどころ、鮮やかな色が不定形で蠢く。吐き気を催すような、マーブル模様。


 そして、その空間で線路は(ねじ)れ、うねり、まるででたらめなジェットコースターの線路ように続いていたのだが……それが見る間に崩壊を始め、黒と原色のなかへと落ちていく。


「はああ!?」


 明らかに、よろしくない状況だ。

 電車も傾き始め、私は必死になって両手で手すりを握りしめた。スクールバッグは仕方ないが諦める。


 一際(ひときわ)強い揺れ。体が浮き上がるのを感じる。

 目を閉じていると、耳元で囁くような声が聞こえた。


「ようこそ、ナナツヨへ」


 それがどういう意味なのかを認識する前に、車体が逆さまになるのを感じる。思わず手を離してしまい、頭が激突するのを覚悟した。


 そして────私は気付くと、豪奢な一室に立っていた。


「えっ?」


 いきなり地面に足がついたためか、膝ががくりと折れそうになった。


 見覚えのない部屋だ。天井からはシャンデリアが下がり、高級そうな調度品が派手派手しい。


 どんな豪邸でも、こんな家具を使うということはないだろう。派手なのが行き過ぎて、過剰な装飾はまるでテーマパークのようにわざとらしい。


 さっきまで電車に乗っていたはずなのに……。


 私が間抜けに口を半開きにしていると、正面から声がかけられた。


「おい!」

「わっ」


 声の発生源は、私の正面に立っている子供だ。10歳前後に見える男の子。上質そう、というより先に、成金趣味という印象の強い服を身につけたその子は、服を着ているのではなく服に着られているようにも見える。


 私が怯えたのはなにも、そんな少年が怖かったのではない。少年の周囲にいる一団が不気味だったのだ。


 少年と私を中心に、黒いローブの集団が円を描いて周りを取り囲んでいる。


 私の足元では、得体の知れない文字の魔法陣らしいものが光を放っていた。


 まさか、サバト!? 祭壇こそないが、私がいるのはどうみても、黒魔術の生贄ポジションだ。


 思わず叫ぶ。


「やめてください私は美味しくないから生贄には向いてないと思うんです多分!」


 少年は偉そうにふんぞりかえって言った。


「おちつくのだ、ゆうしゃよ」

「……勇者? 生贄じゃなくて?」

「そうだ」


 少年は深く頷く。その際に彼の肩から緋色のマントがずり落ちたのを、彼の脇にいる黒ローブが直した。


「ここはナナツヨにある7つのくにのうちで、もっともいだいなるくに、テンペランティアのおうじょうだ。ついてこい、ちちうえがおまえにあってくださる」


 魔法陣。ナナツヨ。勇者。

 これらのワードから導き出される答えは……。


「異世界、召喚……?」


 すぐには信じられない。少年の赤い瞳に目を合わせると、少年はじっと私の目を見つめ返した。


 理解よりも先に、ここが異世界だという実感が、じわじわと湧いてくる。

 言いようのない歓喜に、心を侵食するようなその感覚に、体が震えた。


「おい、なにをしているのだ。ゆくぞ」


 少年が私を急かし、黒ローブたちは私を部屋の外に追い立てるように輪を狭めた。

 ふわふわとした気持ちのまま、少年の後について部屋を出る。


 どんなことが私を待っているんだろう。

 勇者と呼ばれたからには、魔王を倒せ、とか?


 武術の経験なんかないからそんな展開になったら心配だけど、なにか、テンプレなチート能力があったりして。

 そうじゃなくても、聖剣とかあるパターンかもしれない。


 少年は(物理的にも)小さいというのに、広い迷路のような廊下をすいすいと進んでいく。

 赤いカーペットは踏むのがもったいない気がするけれど、少年は普通に土足で乗っかっているから大丈夫だろう。


 よくわからない煌びやかな美術品の前を何度か通り過ぎ、しばらくすると前を歩く少年が止まった。






読んでくださってありがとうございます。



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