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鎌倉呪具師の回収録 死霊の箱  作者: 平本りこ
第一話 七百年のすれ違い

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8 除霊の間①

 そこは、滑らかに磨かれた石材に四方を覆われた、正方形の一室だった。


 扉を開けた瞬間に漂ってきた古びた臭気から、地下水の染み出す洞窟のような空間を想像していたのだが、印象に反し、豪邸の一室に見合う小ぎれいな場所である。ただし奇怪なことに、床の真ん中に白砂で五芒星が描かれている。


「これって」

「ああ、呪具だ。部屋全体がな」


 ただ床に線を引いただけではないか。今さらながら胡散臭く思えてきた。(さとし)珠子(たまこ)の疑わしい目を気にも留めず、淡々と指示を出す。


「五芒星の真ん中に立って」

「ま、待って。そもそも呪具って何なの」

「霊的なものに影響を及ぼす道具のことだよ。中には使霊しりょうの箱みたいに、怨霊を手足として利用する危険な物もある。悪用されると困るから、呪具師の末裔である俺たちが回収しているんだ。さっき説明しただろ?」


 記憶力か理解力を疑うような遠慮ない目を向けられて、珠子は「そうではなくて」と首を振る。


「ざっくりとしたことはわかったけど、仕組みとかどうなってるの。いきなり霊がどうの箱がどうのって言われても」

「別に何でもいいだろ。呪具師でもないあんたには関係ないことだし」

「よくわからない星の中に入るなんて嫌!」


 諭は軽く眉間に皺を寄せ、小さく舌打ちする。いつの間にか壁際の止まり木で羽繕いをしていた魂食い鴉が、カアと鳴いて窘めた。


「諭、説明は大事。人間は言葉があったかラ、進化したんじゃないカ」


 妙に壮大な角度から人間に人間を説く鴉。


「別に話したところで。……どうせ全部終わったら呪具を使って、記憶を消す暗示をかける予定だったし」


 さらりと物騒なことを口にした諭だが、珠子の瞳に宿る意思が固いことを理解して、心底面倒そうな溜め息を交えつつ説明を始めた。


「呪具は、人智と神秘の結晶だ。アニミズムや陰陽五行、仏法とか、日本で信じられてきた色んな要素を緻密に組み合わせて、望む霊験を生み出すように作られている。詳しくは、その道のプロじゃないと理解できないよ。俺にだって一から呪具を制作することなんて無理だ」

「アニミズムって、自然の全てには八百万(やおよろず)の神々が宿っている、みたいなやつだっけ。でも、仏法に陰陽五行もって、それ、神様が喧嘩しちゃうんじゃない?」

「あんた、蟲毒(こどく)って知ってる?」

「何かの毒?」

「まあ、端的に言えばそうだ。古代中国で生まれた呪術の一つなんだけど、毒の作り方が特徴的でさ。毒ヘビとかムカデとか、百虫を同じ壺に入れて互いを食わせ合う。最後に生き残った一匹が持つのは強烈な霊力を帯びた猛毒だ」

「つまり、呪具の中でも同じようなことが起こっているってこと?」

「あくまでイメージの話だけどね。実際のところ、日本の神々は寛大なんだ。神仏習合って言葉があるだろ。仏と神は根本的には同じ存在で、天照大御神だって、仏が姿を変えて地上に降りた存在だといわれることもある。だから、呪具師が神霊を編むのは、互いに争わせるためじゃない。けど、蟲毒と同じように異なる種の力を掛け合わせるという考え方自体は似たようなものだ」

「神様って仏様なの?」

「そう単純なものでもないけど……というかあんたに常識がないんだろ。ほら、もういいか? 早く五芒星の中に行け」


 面倒が沸点を迎えたのか、諭がつっけんどんに促す。珠子は白砂の線を踏まないようにして、渋々星型の中へと向かった。


 まずは爪先で突いて様子を見る。特に何の変化もない。へっぴり腰になっていたのだろう、背中に、呆れたような視線が突き刺さり、珠子は意を決して五芒星に飛び込んだ。


 知らずきつく閉じていた目を薄っすら開く。ぼやけた視界の中、灰色の壁を背に、腕を組んでこちらを観察している諭の姿が浮かぶ。視線が合うと、彼は軽く首を傾けた。


「何」

「いや、何も起こらないなって」

「そりゃ、そんなすぐに効果が出るほど除霊は簡単じゃないよ」

「それもそう、なのかもしれないけど……」


 除霊、と聞いて真っ先に思い描いたのは、榊を振り回したり塩を撒いたりしながら妙な呪文を唱える様子。その上、陰陽師ものの映画でお馴染みの五芒星を目にすれば、何らかのそれらしい儀式があるのではないかと想像してしまう。


「何を期待したの。まさか退魔の祝詞とかがあると思った? いい年して中二病?」


 図星を突かれ、珠子はじっとりとした目で諭を見たが、飛び出しかけた反駁の言葉はかろうじて呑み込んだ。


 単に、諭の性格に慣れ始めていたという理由もあるが、それどころではなかったのだ。


 ――サマ……。


 どこからか、ふわりと風が立ち、珠子の髪が揺れる。煽られた毛先に撫でられた顎先から、悪寒が痺れとなり全身へと広がった。


 ――ロウ、サマ。ドウシテ。シロウサマ。


 風の音だろうかと聞き漏らしそうなほど、微かで掠れた声だ。


 けれど決して幻聴ではない。魂食い鴉が止まり木の上で、いつでも飛び立てるように翼を浮かせて前傾している。諭が腕を解き五芒星に近づいた。

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