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鎌倉呪具師の回収録 死霊の箱  作者: 平本りこ
第一話 七百年のすれ違い

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7 大江間邸にて

『正午のニュースをお伝えします。鎌倉市で、小中学生の失踪が相次いでいる事件で……』


 音響がいいのだろう。無駄に臨場感のある音声で、テレビの中の女子アナウンサーが言う。


 居間の壁一面を占領する液晶を前に、まるで映画館のスクリーンのようだな、と珠子(たまこ)は思った。元婚約者、青嶋(あおしま)透矢(とうや)のマンションにあったテレビも大きかったが、これほどまでではない。目の前に映し出される顔の大きさには、驚きを通り越して呆れるほどだ。


 古びたアパートに越してきた隣人、大江間(おおえま)(さとし)。その実家がここ、葉山の高台に建つ邸宅だという。


 葉山には、高級住宅や別荘が立ち並ぶ区域がある。わざわざ家賃激安の、自分の年齢よりも築年数がいっているアパートを借りる大学生。その実家が葉山にあると聞いた時、聞き間違いかと思ったものだが、どうやら空耳でも虚言でもなく、真実だった。


 ではなぜ築五十三年のアパートを借りたのかと訊けば、彼は珠子に憑いている怨霊の気配を追って、様子を窺うために一部屋借りたのだという。なるほど、金に糸目をつけない富裕層ゆえの豪快な調査方法だが、それよりも怨霊だの魂食い鴉だのと、次々に飛び出すオカルトな話題に、珠子は混乱をきたしていた。


 何でも諭は、鎌倉時代に幕府に仕えて数々の呪具を生み出した一族の末裔らしい。長い年月の経過と共に呪具たちは全国に広がってしまい、時には人々に危険を及ぼしたこともある。そのため現代の大江間家は、呪具を生み出した者としての責任を負うべく、呪具師としてそれらの回収に尽力しているのだとか。


 そして現在珠子に憑いている焼けただれた霊は、使霊しりょうの箱という、怨霊を閉じ込め使役するための危険な呪具から逃げ出したものである。というのが、諭の見立てであった。にわかには信じがたいし、そもそも呪具がどんなものなのかも腑に落ちていない。


「準備できたよ」


 パーティーができそうなほどに広いリビングの瀟洒な扉が開き、諭の淡泊な声がした。珠子はぼんやりと眺めていたテレビから視線を動かし、廊下へと出た。


「すごい大きな家だね」

「そう?」


 昨晩が初対面だが、同級生であることと、何よりも相手の言葉遣いがぞんざいなので、珠子の方も砕けた口調で話す。


「ご家族に挨拶もなしにお邪魔するのは気が引けるんだけど、今日は平日だからご不在だよね」

「いいや、父ならいつも書斎にいるけど」

「そうなの?」


 諭は腕に(たま)()い鴉を止まらせて、珠子を振り返りもせずに長い廊下を先導する。


「挨拶はいらない。あんたのことは俺が伝えておいたから」

「でも」

「いらない」


 何か確執があるのだろうか。深入りできない気配を感じ、珠子は話を変える。


「いつも書斎にって、お父さんは自営なの?」

「違うけど、それを知って何か意味ある?」


 やっと視線をくれたと思ったら、冷たい一瞥だった。珠子は少なからず気分を害し、口を閉ざす。この男には社交性というものがないのだろうか。


 一匹狼を気取るというか、少しつっけんどんなところがある。彼の口から飛び出す怪しげな単語の数々と不愛想な態度。まさかこの人、いわゆる中二病というやつなのでは。


 けれど、少なくとも霊的なモノが実在するらしいというのは、身をもって知ったのだし、魂の穢れを食い人語を解する鴉も今まさに目の前にいる。


 他人を信じてはならない。婚約者の蒸発により、改めてそのことを思い知ったばかりの珠子だが、もはやそういった規模の話ではなく、感覚が麻痺しかけていた。


「ここだ」


 諭が足を止めたのは、一階廊下の突き当り。豪邸には不釣り合いな、無骨で小さな鉄扉がついている。諭は鍵を取り出して錠を外すと扉を押し開けた。


 途端に現れた暗闇から、ぬるく湿った風が吹き上げて肌を撫でる。珠子は思わず身震いをして、腕をさすった。微かに黴と埃の臭いがするので、おそらく普段から閉め切られた場所なのだろう。


 諭はそんな怪しげな空間の中に、躊躇いもなく踏み込んだ。諭の、少し長めの髪に覆われた頭部の位置が低くなる。どうやら地下へと続く階段があるらしい。


「あ、待って」


 後を追いかけて、足が竦む。地下から這い上がる、禍々しく泥のように重たい空気もさることながら、よく知らない人間と共に密室に入ることにも抵抗があった。もしかすると、一連の事件はすべて、珠子を嵌めてこの地下室に監禁し、いたぶり殺すための罠なのでは。


「おい、早く来い」


 階段の下から、苛立ったような声がする。それでも動けない珠子を、諭は再度促す。


「霊を祓いたくないの? 今は魂食い鴉のおかげでその怨霊も静まっているけど、そのうちまたあんたの身体を奪って好き勝手するはずだ」

「霊は祓いたいけど、どうして地下に」

「除霊は危険なんだ。部屋で霊が暴れて、家具が壊れたら困るだろ」


 言い分はわかるのだが、どうにも踏ん切りがつかない。全身から冷たい汗が噴き出した。


 霊も怖いが人間も恐ろしい。いやむしろ、調伏できるというのなら、霊の方がまだましだ。


 足がすくんで動かない。けれど、諭の話が半分でも真実ならば、このまま何もしなければ再び霊に操られて奇怪な行動をしてしまうだろう。


 隣家に忍び込むのも犯罪だが、エスカレートして窃盗や傷害でも起こしてしまったら……。


 ぐるぐると思考を巡らせる珠子の眼前で照明が灯り、ぱっと明るくなった。そして。


「ひっ⁉︎」


 視界の中央に突如、虚ろで巨大な土気色の笑顔が現れた。


 思わず小さく悲鳴を上げて、後ずさる。足が絡んで尻もちをつく。


「はあ、何やってんの」


 地下から、諭が戻って来た。顔を強張らせる珠子の視線の先を追い、階段の入り口に引っかけられた巨大な顔を見て、ああ、と呆れた息を吐く。


「魔除けの仮面だよ。意図しない物の怪が入って来ないように、そして払われた霊が逃げ出さないように。あれも大江間の呪具の一つだ」

「呪具、魔除け」


 細い亀裂で表現された両目と口が、三日月よりも強烈な弧を描き、珠子を嘲笑っているかのようだった。土気色の、死人のような顔だと思ったのはなるほど、あれは焼き物らしい。


 どこぞの呪いの偶像のような不気味さに身震いしてから、珠子は大きく息を吐いて腰を上げた。


「早く来い」


 恐怖が突き抜けてしまえば、もうどうとでもなれという気分になる。珠子は意を決し、照明に照らされた地下へと足を進めた。

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