0 二〇一八年
「え……」
六年前。珠子が中学三年生だったある日。深夜にけたたましく鳴った電話を取ると、耳を疑う知らせが飛び込んできた。
「土蔵さんのお宅ですね。私、神奈川県警の木村といいます。実は土蔵結子さんが先ほど首都高で……」
母結子が、湘南方面へと向かう高速道路で中央分離帯に衝突する自動車事故を起こした。車は大破し、即死だったのだと、木村は言った。
まさに青天の霹靂。むしろ、ただの悪夢だと思った。
珠子の困惑も無理はない。就寝する直前、居間で家計簿をつけている結子にいつも通り「おやすみ」と告げ、普段と何も変わらない「おやすみ」をもらったばかりなのだ。母もあの後すぐに自室で眠りについたのではなかったか。だって、シャワーも浴び終えて寝巻を着ていたではないか。
珠子は受話器を取り落とし、幽鬼のような足取りで結子の部屋へ向かい扉を開く。
ひんやりとした空虚な風が、母の香りを帯びて珠子の鼻先をくすぐった。ただ、それだけだった。
「お母さん、どこ? どこにいるの?」
珠子は扉を閉めもせず、ウォークインクローゼットを開き、ドレッサーの引き出しを全部抜き中身をひっくり返し、風呂場を覗きトイレを開けて、冷蔵庫や洗濯機の中も確認した。家中の戸という戸を全て開いた。
「お母さん、本当にいないの?」
夢ではなかった。警察の電話は真実だった。
母子家庭に育った珠子はこの晩、唯一の頼りであった母親を突如亡くし、祖母に引き取られることになった。そして後日、珠子は知ることになる。
ドライブレコーダーによると、結子は高速に乗る直前、コンビニの駐車場で男と言葉を交わしていた。その直後、いそいそと車に乗り込んで、鎌倉や江ノ島のある湘南方面へと向かって行った。自宅とは逆の方向だ。
顔が見切れてしまっていたので、男の素性はわからなかった。けれど状況から、結子は男と密会する場所へと向かったのではないかと推測された。なぜならば、男が珠子に一枚の緑色のカードを手渡すところがドライブレコーダーに映っていたのだ。
それは、葉山にあるラブホテルの名刺であった。




