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鎌倉呪具師の回収録 死霊の箱  作者: 平本りこ
第二話 僕だけのお友達蒐集箱

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6 稚児ヶ淵の惨事①

 四月の終わり。海辺の風はまだ、鋭く吹けば身を切るように冷たい。それが、もうすぐ日付が変わろうかという深夜のことであれば、なおさらのこと。


 珠子(たまこ)(さとし)(たま)()い鴉と(みぎわ)を連れ、再び江ノ島を訪れていた。


 稚児ヶ淵。その昔、とある僧侶に見初められた稚児が心を追いつめられて身を投げたという逸話の残る岩場。皮肉なことにこの晩、まだ小中学生と見える子どもらが集まり……自ら海に飛び込み沈んでいった。


「な、何しているの⁉」


 一刻を惜しむ駆け足で島の頂上を越えた珠子の呼吸は、大きく乱れている。常ならば、あまりの疲労に膝が笑い、蹲ったまましばらく動けないところ。けれど、黒々とした海で繰り広げられる異様な光景を目にすれば、筋肉の痛みも吹き飛んだ。


「危ないよ! こっちに戻って来て!」


 魂食い鴉がカアと鳴き、子どもらの間に舞い降り割り込むが、誰も気に留めない。


 闇を煮詰めたかのような海水が渦巻く夜の海を凝視したまま、子どもらは微動だにしない。やっと動いたかと思えば、まるで滑り台で遊んでいる時のように、ほんの僅かな躊躇いもなく水の中へと吸い込まれていく。


「ああ」


 思わず珠子は呻く。波が岩を打つ音が絶えず響いており、子どもが海に飛び込む水音すらも呑み込んでしまう。


 いったい何が起こっているのだろうか。あまりにも異様。正気の沙汰とは思えない。ならばあれはやはり、霊的なものの仕業だろうか。


 呆然と立ちすくむ珠子の横をすり抜けて、先に我に返った諭が凹凸の激しい岩場を器用に駆ける。


「おい、やめろ……」

「邪魔をしないでよ」


 誰もいないと思っていた暗闇がゆらりと揺れて、諭の前に立ち塞がった。現れたのは、丸みを帯びた黒い影。どうやら、ふくよかな体形の少年のようだ。


 他の子どもらが、糸で操られた人形のようなぎこちない挙動をしているのと対照的に、彼はただ一人、自らの意思で歩き、言葉を発しているらしい。そのことが示す事実は明白である。


「あんたがこれを?」


 諭が低く絞り出すように問う。少年は、声変わり前の少し高い声で答えた。


「僕じゃないよ。こいつがやっているんだ」


 少年が大きなショルダーバッグの蓋を開く。珠子の位置からは中身は見えないが、諭が息を呑んだのがわかった。


使霊(しりょう)の箱。やっぱり」


 使霊の箱。怨霊を閉じ込め使役することのできる呪具。そのようなものを、なぜ子どもが。


「返せ。それは大江間(おおえま)の所有物だ」

「違う。僕のものだ!」


 伸ばされた諭の手を振り払い、少年が身を捩る。ぽっちゃりと肥えた身体で、バッグを庇っている。


「これは僕が先に拾ったんだ」

「拾った物は警察に届けないとだめだろ」

「そんなことはない。だって僕、落とし物を友達に拾われて、筆箱とか色々失くしたもん」

「そんな奴らのことは友達っていわないよ」

「うるさい!」


 少年は怒りを露わに諭の腹を平手で張った。子どもの力とはえ、突然衝撃を受ければ怯みもする。諭は反射的に一歩後ずさったが、すぐに体勢を整えて、今もなお海に消えていこうとする人形のような少年たちを指差した。


「とにかく、何でもいいからあれをやめさせろ」

「何で? あいつらは僕を噴水に突き落としたよ。学校では僕のことを肉団子って呼んで給食をかけてきたよ。いくらお願いしてもやめてくれなかった。なのにどうして僕はやめないといけないの? 何でこっちばっかり我慢しないといけないのさ」


 その言葉で、珠子は状況を理解した。

 この少年は普段からいじめられていた。今、海を見下ろして命を断とうとしている子どもらは、加害者なのだろう。


「そっかあんた」


 諭が嫌悪を全身から滲ませて、一歩距離を詰める。


「恨んだ奴らに使霊の箱の怨霊を取り憑かせて操って、殺そうとしているのか」

「違うよ。殺すのが目的なんかじゃない。僕はあいつらみたいに暴力的じゃないもん」

「どの口が」

「僕はね、あいつらと友達になりたいんだ。だから魂だけになってもらって、この箱の中にコレクションする。そうしたら永遠に僕の手の中だ。いつもどこでも一緒にいる。どう? 親友みたいでしょ」


 悪びれず、まるで世の道理であるかのように発せられた言葉。珠子はぞくりと悪寒を覚えたが、夜風のためばかりではないだろう。


 普段は淡々とした言動をとりがちな諭も、この時ばかりは頭に血が上ったらしい。思わず、といったように少年の胸倉を掴んで引き寄せた。


「どいつもこいつも……使霊の箱は魂を監禁するためのものじゃない。そもそも呪具は本来、人を助けるための物であって」

「やめろ! おまえも僕を馬鹿にするのか」


 反撃した少年に抵抗しようとして諭が腕を払うと、少年の身体は岩場の縁に転がった。危うく海に落ちるところだった。


「危ないじゃないか!」

「他人のことを海に沈めておいて、よく言うな」


 そうこうしている間にもまた一人、少年が音もなく闇の底へと沈んでいく。


 どうしよう。珠子はただ立ちすくむ。


 これ以上の犠牲者が出ないよう、人形のような少年たちに駆け寄り身体を拘束すべきだろうか。けれど、あちらには魂食い鴉がいて、子どもらに取り憑いた霊の穢れを食って浄化しようとしている。どちらにしても、根本的な原因を解消しなければ、埒が明かない。


 であれば死霊の箱の使い手を改心させる方が有効か。でも、どうやって……。

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