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鎌倉呪具師の回収録 死霊の箱  作者: 平本りこ
第二話 僕だけのお友達蒐集箱

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3 六年前、怨霊の友①

 諭が中学三年生であった六年前。ちょうどその頃は、幼少期より当然隣に存在するものとして過ごしてきた呪具や霊が、世間一般的には怪しげな存在であるということを察し始めた時期だった。


 当時、まだ子どもということもあり、大江間の使命の一つである呪具の回収には関わっていなかった諭だが、一族の皆が交わす緊迫したやり取りから、近頃は特に重要な呪具を追っているのだと気づいてはいた。


 そんなある日のこと。自宅の窓から見下ろす葉山の海辺に、諭よりも少し年下らしい少年の姿があった。


 よく晴れた初夏。心地のよい季節なので、近所の子が散歩でもしているのだろうと思い、その時は特段気に留めなかった。けれど、それが毎日、しかも天候問わずとなると奇妙にも見える。


 夏が深まった頃。地平線から黒く湧き上がる暗雲が浜辺に迫り、波が高く岩を砕き始める夕方。嵐の気配の中に佇む少年をいよいよ怪訝に思い、諭は家を抜け出して、背中側から少年に声をかけた。


「ねえ、危ないよ。これから波が高くなりそうだし、もうすぐ夜だから」


 突然聞こえたぶっきらぼうな声に驚きもせず、少年は一呼吸の間をおいてからおもむろに振り返る。その顔は……割れたザクロのように、ぐちゃぐちゃに潰れていた。


 諭は一瞬だけ息を呑み、彼の正体を理解してむしろ安堵した。


「死んでいたのか。あんた地縛霊? 怨霊というほど穢れていないみたいだし」


 霊的な存在だったならば、肌を焦がす灼熱の陽光も夏の豪雨も意に介さず、堤防に現れては消える少年の奇行にも納得できる。死んでいるならば、今日のような嵐迫る夕方に波に呑まれて落とす命もない。


 少年は、おかしな方向に歪んだり抜け落ちたりして隙間の空いた歯を覗かせて、微笑んだ。口内も歯も、乾いた血で赤黒く染まっている。


「僕のことが見えるの」

「見えるから話しかけてるんだけど」

「怖くないの」

「怖がってるように見える?」


 顎が砕けていて、口が閉まらないのだろうか。改めて観察すれば、首は斜めに傾げられたまま真っ直ぐにはならず、手足も関節の可動域を無視して曲がっていた。


 少年はおどろおどろしい容貌に微かな驚きを滲ませて、腫れた瞼を開け閉めした。


「僕のことが怖くないの、どうして」

「どうしてって、見慣れてるし、あんた別に悪さする霊じゃないだろ。それよりもどうしてそんな顔になっちゃったの」


 諭は堤防に腰かけて、海から吹きつける重たく湿った嵐の匂いを吸い込んだ。霊の少年は友好的な仕草で隣に座り、まるで気の置けない友達であるかのように寄り添った。


「痛かった」


 少年はぽつりと言う。


「お母さんの恋人が毎日僕を殴るの」


 虐待死か。諭は黙って耳を傾ける。


「辛かった。お母さんは僕になんて興味がなくて、むしろあの男と一緒になって、『あんたなんて邪魔だ。いなくなれ』って言って」


 荒れた潮騒が、少年に相槌を打つ。


「もう我慢できなくなって、ベランダから飛び降りたんだ」


 だから、全身が半ば砕けてねじ曲がっているのか。


「そうなる前に助けてくれる人はいなかったの?」

「スクールカウンセラーのおばさんだけは優しかったけど、でも」


 少年は口ごもり、そのまま俯いてしまう。悲痛な沈黙が哀れで、諭は話題を変えることにした。


「あんた、名前は?」


 少年は弾かれたように面を上げ、ずたずたになり表情筋の機能しない顔を諭に向ける。


「ヨシちゃん」

「そう。俺は諭だ。成仏できるといいな、ヨシちゃん」


 そうして、二人の交流が始まった。


 ヨシちゃんが死んでしまったのは、もう一年ほど前のことらしい。痩せぎすで、クラスで流行っている漫画もゲームも買い与えられずにいたヨシちゃんは、学校でいじめられてこそいなかったものの、悩みを打ち明けることのできる親友はいなかった。唯一、スクールカウンセラーの女性だけが優しくしてくれたのだという。


 死後だけれど、諭と共に過ごし、初めて同世代の友人と語らい孤独と心の痛みを癒すヨシちゃん。二人の仲が深まる度、その姿は生前の容姿に近づいてく。


 顔のパーツがあるべき場所に収まって、折れ曲がっていた骨は日を追うごとに真っ直ぐになる。やがて、ほとんど普通の子どもと変わらないほどになった時。いつもどおり夜間に家を忍び出てヨシちゃんのところへ向かおうとした諭は、運悪く父の敦に見とがめられてしまった。


「何をしている」


 低く、地を這うような声だった。

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