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鎌倉呪具師の回収録 死霊の箱  作者: 平本りこ
第二話 僕だけのお友達蒐集箱

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2 馬鹿にはしないから

 珠子は絶句して、口を開いたり閉じたりを繰り返す。


 先日、汀事件がひとまず解決した後、諭の二〇一号室に招かれた珠子は、安っぽい添加物など一切入っていない濃厚なクッキーに篭絡されて、失業から住処を失ったところまで、ほんのりと事情を説明した。


 無職、親戚なし。途方に暮れている場合ではないが、早急にどうにかせねばならないという珠子の状況を諭は理解しているはずだ。


 そのため、雇ってやろうかという提案は、彼の純粋な善意から飛び出したのだろうと推測できるのだけれど。


「そんな怪しげな仕事は嫌!」

「怪しげ?」

「だってそうでしょ。履歴書に何て書けばいいの。職歴・呪具師?」

「大学教授秘書とか書いておけば。ほら、うちの父さんに雇われているってことで」

「そ、それはありかも……だけどやっぱりぶっ飛びすぎて」


「ぶぶっ」


 拳を握り、半ば腰を浮かせた珠子の斜め前方から、笑いを堪えきれず息を噴き出した音がした。


 予期せぬことに口を閉じ、音の方へと目を向ける。そこでは、顔を真っ赤にして肩を震わせる男と、冷笑を浮かべた女が貝を焼いていた。


 遅れて上体を捻った諭の眉が、ぐっと中央に寄る。


「あんた、確か」

「久しぶりだな、大江間。そっちもデート? いや違うか、怪しい勧誘してたし」


 俯いて貝を突く女が、ぷっと笑いを漏らす。視線を上げる気配はない。どうやら、顔を陰にして嘲笑を隠しているらしい。


 何者だ、この人らは。見たところ、同世代なので諭の知り合いなのだろうが。


「別にデートでも勧誘でもないけど」

「へえ。ってか大江間、まださっきみたいな中二病っぽいこと言ってるの? 大学三年にもなって? まじでウケるんだけど」


 諭はただ顔をしかめて男を眺めてから、小さく嘆息して捻っていた姿勢を戻す。金網の上のエビをひっくり返し、無視を決め込むつもりらしい。


 失礼な男は肩をすくめ、目の前に座っている性格の悪そうな女と含みある視線を絡ませて言葉を交わす。


「誰なの、あの人」

「高校の同級生だよ。霊とか呪いとかを家業にしてるらしい」

「何それウケる」


 絶妙に本人の耳に入る程度の大きさで囁き合うカップルと、何食わぬ顔で甲殻類を突く諭を交互に見やり、珠子は先ほどとは別の憤りを覚えて拳を握り直した。


「ちょっと、さっきから黙って聞いていれば……」

「いいよ」


 珠子が発した怒りの声を制したのは、諭の平坦な声だった。


「いいって、でも」

「いいんだって。霊感もない鈍感な奴にはわからない。それでいいんだ」

「何それ、ウザ」


 斜め後方の女が、ぼそりと悪意の塊を吐き出した。諭は取り合わず、エビの殻を剥く。


 ふわっと立ち上った湯気が彼の前髪を撫でた時。諭は不意に、弾かれたかのように顔を上げ、人混みの参道へと鋭い目を向けた。


「どうしたの」


 珠子が訊ねるが、諭は口を閉ざしたまま箸を置き、おしぼりできっちりと手を拭って腰を上げた。そのまま脇目も振らず、人の波の中へと大股で割り込んで行く。


「え、待って、待ってよ!」


 先払いの浜焼き屋だったので、支払いは先ほど諭が全て済ませてくれていた。珠子は、美味そうな匂いを放つ魚介類に後ろ髪を引かれつつ、諭の背中を追った。


 人の密度に対して狭すぎる参道を、縫うようにして進む。前を行く観光客らの間から、黒いシャツを着た諭の背中が見え隠れする。


 神社の鳥居が見えて来た。けれど諭は直進せずに曲がり、さらに島の奥へと進む。可愛らしい花が植えられた辺りで追いついて、珠子は諭の袖を引いた。


「ちょっと、急にどうしたの」

「ヨシちゃんがいた」

「ヨシちゃん?」


 思わず怪訝な声が出た。いったい誰だ。


 ヨシちゃんとやらを見失ってしまったようで辺りを見回す諭だが、やがて諦めたらしい。やっと珠子に視線を向けて、大きく息を吐いた。その顔は、ぎょっとするほど青い。


「六年前、もう少しで回収って時に、使霊(しりょう)の箱を取り逃がしたことがある。その原因となったのが、ヨシちゃん。それと」


 諭は突然言葉を止め、吐き気でも堪えるようにごくりと唾を呑み込んだ。それから足をもつれさせ、今にも倒れそうになる。


 珠子は慌てて諭の身体を支え、花壇横のベンチに誘導する。並んで腰かけ、諭の回復を待った。


「大丈夫?」

「ああ……」


 膝に拳を突き、その上に額を乗せて浅い呼吸を繰り返す諭。通りかかる人々のうち何人かが、気づかわし気な眼差しを向けてくれる。しばらくして体調が落ち着いたのか、諭は顔を上げ、気まずそうな表情を浮かべた。


「何でもない。急にごめん」

「謝ることじゃないけど、いったいどうしたの」

「何でもない」

「そんなわけないでしょう。それにヨシちゃんって」

「忘れてくれ!」


 鋭く返されて、珠子は反射的に言葉を引っ込める。諭の黒い目と視線が重なり合う。どこか怯えるような色を帯びた瞳に、珠子の口は自然と動いていた。


「私はさっきの失礼な人みたいに、大江間君を馬鹿にはしないよ」


 諭は軽く目を瞠る。


「今でも夢だったのかなと思うことはあるけど、怨霊を見たし魂食い鴉と喋ったし。そりゃあ全部受け入れ切ってはいないけど、少なくとも大江間君が根拠のない嘘なんて吐いていないことはわかってる」


 諭は奇妙なものを見るような目で珠子の顔を凝視する。


 会話が止まり、雑踏の騒めきが耳に押し寄せた。冷静を取り戻した珠子は、気恥ずかしいことを口にしてしまったと気づき、頬が熱くなるのを感じた。


「そ、それにほら」


 慌てて取り繕う。


「使霊の箱ってやつを壊さないと汀が成仏できないんでしょう? 六年前に何があったのか聞いておくことは、今後のためにもなると思うんだけど」


 諭は何度か瞬きをしてから、ああ、と唸るように頷いて、ぼんやりと花壇の花を眺めた。珠子も自然と同じものを見る。


 初夏というにはまだ少し早い季節。清々しい陽光を浴びて、涼やかな風に揺れる色とりどりの花。ふわり、と微風が髪を揺らす。


 やがて、諭はぽつぽつと語り始めた。

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