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鎌倉呪具師の回収録 死霊の箱  作者: 平本りこ
第一話 七百年のすれ違い

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0 一三三三年

 ――夜が明ける前に二人で鎌倉を出よう。


 そう言ってくれたあの人は、約束の場所にやっては来なかった。代わりにそこで待っていたのは、戦装束の武士である。


 屈強な男らを撒き、曙の中、命からがら坂を駆け下りて平地へ向かう。けれど、逃げたつもりで飛び込んだのは、戦火に巻かれた町だった。


 目に映る世界は、まるで赤黒く塗りつぶされた絵画のよう。


 風光明媚で知られた海の煌めきも、この鎌倉を守っていた山々の清冽な神気も、何もかもが消え去った。戦に蹂躙された町に残るのはただ、鉄と血と燃えさしの火と、まるで冥界に続いているかのような宵闇のみ。


 惨事の理由は、重臣の裏切りだったらしい。けれど、ただの百姓娘である(みぎわ)には、難しいことはわからない。


 異臭の漂う町を、息も絶え絶え歩く。裏切り者の軍勢が略奪に勤しむ怒号と悲鳴が、汀の耳を打つ。恐怖も痛覚も、とうに麻痺した。焼かれて剥がれた皮膚を引きずりながら、あの人の姿を一心に探す。


「おい、おまえ、女か」


 乾いた血と煤で真っ黒に汚れた無骨な手が、汀の腕を掴んだ。引っ張られるようにして、汀の足が止まる。汚らわしい手の主は、どうやら反乱軍の雑兵らしい。


「ちょうどいい。俺と楽しいことを……ひっ⁉︎」


 ゆらりと顔を向ければ、兵は顔を引きつらせ、汀を押しやるように手を離す。それから、物の怪でも見たかのように震え上がり、(きびす)を返して駆け去った。


 強く押されて体勢を崩した汀は、その場に倒れ込む。まるで、全身を吊り上げてくれていた糸が切れたかのようになり、もう指先すら動かない。


 汀は地面に這いつくばりながら、ただ前方を睨む。霞んでいく視界に、町を包む炎が禍々しく明滅して映る。


 ああ、まさにこの世の終わり。


 どうせ世界が終わるのならば、今日ではなくて明日だったらよかったのに。汀は今夜、あの人と二人でこの町から逃げ、結ばれる予定だったのだ。


 けれど、どちらにしてもそんな未来は訪れなかったのかもしれない。だって、あの人は待ち合わせの場所に現れなかったのだから。


 ああ、でも。会いたい。あの人に、会いたい。最後に一目、あ、い……。


「哀れなものよ。どうじゃ、その妄執、我に捧げてみまいか?」





 一三三三年、鎌倉幕府滅亡。


 この戦いで、勇猛な兵や無辜の民の魂が数多く浄土へと旅立った。けれど、強烈な恨みを抱いたまま逝った者、自らの死を理解できない者も多くいて、そうした魂は怨霊となり、令和の世になってもなお、鎌倉の町を彷徨い続けているという。


 それから七百年ほどが経った現代。町に漂う霊気に引きつけられて、今でも新たな怪異が生まれている。


 恐ろしきは、怨霊か、それとも。

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