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ここにひとりの悪役令嬢がいる。
彼女の名はリオーラ・ランタル。
学園で目をつけた令嬢を虐げては辱めを与えるのが彼女の嗜みだ。
そしてここは舞踏会の場。
彼女は子爵令嬢マリー・スカーレットを指差し、あざけり笑う。
「あなたの家はドレスひとつ用意できないの?このような場に学園の制服で来るなんて」
「どういうことでしょうか。今宵は来賓の方を学園に招いての舞踏会だから、生徒会以外の生徒は
学生服で来るようにとドレスコードを教えてくださったのはリオーラ様ではないですか!」
「なに? 私のせいだというの。最終的に制服を着ることを決断したのはあなた自身ではなくて?
子爵家とはいえ、しょせんは田舎の貴族ね。華やかな舞台が似合っていませんことよ」
彼女の行動に反してランタル伯爵家の家庭は円満そのものだった。
しかし、とある雨の日の落雷とともに彼女の家庭に大きな亀裂が入る出来事が起こる。
突然、雨の音を打ち消すように、玄関の扉を激しく叩く音が屋敷中に響き渡る。
何事かとリオーラはじめ、ランタル家当主である父クリフ・ランタル、母ティーナ、祖父ローベルト、祖母バネッサと
そして使用人たちがエントランスホールに顔を揃える。
父クリフがおそるおそる扉に近づきドアノブに手を駆ける。
「旦那様、そのお役目、私が!」
そう言って使用人のセバスが階段を駆け降りる。
「かまうなセバス! 俺が開ける」
父がゆっくりと扉を開けるとそこにはずぶ濡れの女性がしゃがみ込んでいた。
「伯爵様⋯⋯」と、女性は潤んだ瞳で父クリフを下から見上げる。
「誰だね。君は」
見覚えのない彼女はリオーラと歳が変わらないくらいの少女。
しかし、リオーラはその女性に見覚えがあった。
「マリー・スカーレット⋯⋯彼女がどうしてこの屋敷に」
マリーはお腹を大事そうに抱えながら声を震わす。
「伯爵様、私のお腹の中にあなたの子がいます」
「え?」
衝撃の発言にクリフは硬直。そして母ティーナは卒倒してその場に倒れ込む。
「お父様⋯⋯どういうこと」
「し、知らん!この娘など俺は知らん」
マリーはクリフの腕にしがみつき、弾力のある胸を押し付ける。
「お忘れになられたのですか。私との激しい夜を」
クリフは顔を赤らめながら戸惑う。
「とにかく中だ。中に入って話を聞こう」
客間に通されたマリーはソファーに座り、涙ながらに経緯を語った。
「父に勘当された私の行き先は最早、伯爵様のところしかありませんでした。
妻として認めてくれなんて思いません。ただ、この私とお腹の中の子だけはこの屋敷に置いてください」
クリフは女遊びが激しい。王都に出向いた際の夜は歯止めが効かない。
どんな女性と遊んだかすら覚えていないほどに。
もちろんその裏の顔は妻も娘のリオーラは知らない。
後ろめたさのあるクリフはマリーを無碍に追い出すことができない。
「わかった。部屋は用意する。ただ子供を認知するかは顔を見てから考える」
「ありがとうございます。伯爵様」
父の判断に憤りを覚えたリオーラは、ドアを叩きつけるように閉めて客間を後にする。
父のことを尊敬していたリオーラに失望が去来する。
自室のベッドに飛び込み、枕に顔を埋めるリオーラ。
(お母様は寝込んでしまうし、お父様はあの体たらく。今のランタル家を守れるのは私しかいない)
思い立ったリオーラは顔を上げ、部屋のドアを開けてからセバスの名を叫ぶ。
「セバス、セバスいる?」
セバスはリオーラの声にすぐさま駆けつけてくる。
「どうなされましたかお嬢様」
「あの女を追い出したいの。子供を流す薬用意して」
「かしこまりました」
次の日の夕食。
マリーがランタル家の家族のために得意料理のミートローフを振る舞った。
「腕によりをかけて作りました。ぜひ食べてください」
(料理なんて使用人の仕事なのにわざわざ作るなんて。どこまで私たち家族に溶け込もうと必死なのよ。
お母様は部屋に篭ったまま出てこないというのに、おじいさまとおばあさまはあの女の料理を食べて
喜んでいる始末。お父様も口にするなんてもう信じられませんわ)
クリフはミートローフをひとくち口に運んで舌鼓を打つ
「おいしいじゃないか。とても驚いたぞ」
「お父様、この女の料理褒めてどうするんですか。私、この女を家族だなんて認めない。ましてや義理の母なんて」
「でも先ほど私の作った揚げ物を美味しそうに食べてくださったじゃないですか」
「⁉︎ あれもだったの? ふざけないで。私はお父様とは違う。絶対に認めたりなんかしない。明日は私が作る。この女よりもっと美味しく」
リオーラはテーブルを叩いた勢いでダイニングルームを飛び出しキッチンの方へ向かう。
心配したクリフの合図でセバスは後を追いかける。
セバスがキッチンに入ると、リオーラが作業台の下から調理器具を取り出して台の上に並べている。
「お嬢様、朝食の準備は今からじゃ早すぎますよ」
「セバスは黙っていて」
「それにお嬢様は包丁ひとつ握ったことないじゃありませんか」
「うっさいわね。私が作ると言ったら作るのよ」
「お嬢様⋯⋯」
「それにあなたが用意した堕胎剤を仕込むチャンスじゃない」
「それは私めの役目にございます」
「あなたは見ていて。私が直接手を下す」
”⁉︎“ リオーラはふと流し台の横に置いてある中身が入った紙袋が目にとまる。
「なにかしらコレ」
「おそらくマリー様が調理した際に出た食材の端材かと」
「ちゃんと片付けなさいよ。あの女のだらしないところお父様に言いつけてやる」
リオーラはおもむろに袋を開けて中を覗き込む。
その瞬間、気味の悪さが凍となって背筋を駆け抜け悲鳴を上げる。
「きゃあああ」
「あらら。片付けに戻ってきたのですが。リオーラさん大声をあげてどうされたのですか?」
振り返るとマリーが笑顔で立っている。
「あなたなによコレ⋯⋯」
「今日のミートローフを作る際に肉を解体して余った部位ですよ。頭と内臓は流石に食べられませんからね」
「いったい何の肉よ。私にはコレ⋯⋯いやあ!考えたくない」
「カエルですよ」
「いやあああ!いったいなに食べさせてくれるのよ」
「隣国のある地域では高級食材として振る舞われるのですよ。ぜひ皆さんに食べてほしくて」
「あなた正気じゃないわ」
「そうですか。ゴキブリの唐揚げを美味しそうに食べていたあなたの方こそ正気ではなくて」
「おえええ」と声をあげて嘔吐するリオーラ。
「もう嫌だ。出ていく。私、このお屋敷から出てゆく」
「あらら」
マリーはクリフの執務室に呼び出された。
「セバスから聞いた。ちょっと戯れが過ぎないか」
「申し訳ございません。リオーラさんとの距離を近づけようとからかいが過ぎました」
「マリーは、はりきらなくていい。離れの屋敷と使用人をつけるから君はそこでのびのびと暮らしててくれ」
「お気持ちありがとうございます。よくしてくれる伯爵様のためにどうしても会わせたい人がいます」
「会わせたい? どんな人物だ」
「スカーレット家が懇意にしていた商会のマスターです。伯爵様に耳寄りな話があるとか」
「商人か。うんざりするほどいろんなヤツを相手にしてきた。正直乗り気ではない」
「そこを何とか」
「顔を合わすだけだぞ」
次の日
マリーの合わせたい人物がやってきた。
金髪にキリッとした青い瞳、そして顔立ちが整った青年。
「レニヤス商会のテイル・ロトワールと申します」
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