第二章:選別の海、再構築の地
この語りは、進化の歴史をもとにした創作です。
ただし、単なる空想ではありません。
ここに描かれる出来事は、科学的に確認された事実を土台にしています。
そのうえで、語り手という存在を通して、生命の流れを詩的に再構成しています。
語り手は、神話の神のようでもあり、SF的な知性のようでもあり、
あるいは「進化そのものの意志」とも受け取れる存在です。
私はそれを「地球」としました。
物語の最後には、語りの背後にある「事実一覧」を添えています。
これは、読者が安心して物語に入り込めるように、
科学的な記録を整理したものです。
詩と事実が並ぶことで、語りの信頼性と深みがより伝わるはずです。
どうぞ、語りの世界へお入りください。
その奥には、生命の記憶と、語り手の静かな意志が息づいています。
海はまだ、眠っていた。
その深みに満ちる魚たちのなかから、私は一つの器を選んだ。
プテラスピス。
腎臓を磨き、浸透圧の壁を越える者。
塩の海から淡き川へ、境界を越える意志を持つ者。
私は海のうねりを、ほんの少し撫でた。
潮の流れを編み直し、彼らが戻らぬようにした。
選別は静かに、しかし確かに進んだ。
川に集まるプテラスピスたちは、やがて新たな呼吸を生む種へと変貌する。
三千万年ののち、肺魚が現れる。
空気を吸う魚。
水の外に、息を求める者。
その肺は、未来の陸を予感していた。
さらに五千万年。
イクチオステガが地を踏む。
肋骨は柱となり、後肢は大地を押し返す。
水の重力から解き放たれた身体は、陸の舞台に立つ準備を整えた。
だが、舞台だけでは物語は始まらない。
私は環境にも手を加えた。
雨を降らせ、湿地を広げ、シダの森を育てた。
緑の網は魚たちの隠れ家となり、餌場となり、進化の足場となった。
三億年前。
魚類は両生類から爬虫類へと姿を変える。
卵に殻を持ち、乾いた地にも命を宿す。
水の記憶を抱えながら、彼らは陸に根を張り始めた。
私は進化の設計者。
海と陸の境界を編み替え、
呼吸と骨と雨を使って、
生命の舞台を整えていく。
進化、それはいつも滑らかではない。
意図をもって編んだ糸が、時に絡まり、時に裂ける。
私の目的は明確だ。
海から陸へ、生物を移すこと。
だが、生命は過剰に応える。
適応は枝を伸ばしすぎ、
多様性の芽を覆い隠してしまう。
進化が袋小路に迷い込んだとき、
私は静かに手をほどく。
リセット。
それは破壊ではなく、再構築のための間奏。
人類が「ビッグファイブ」と呼ぶもの。
それは私の意志の痕跡だ。
オルドビス紀末。
地球を少し冷たくした。
海の命の85%、氷の帳に沈めた。
デボン紀後期。
魚たちは進みすぎた。
私は海の酸素を減らし、
繁栄の泡を潰した。
82%、静かに消えていった。
それから一千万年。
帆を背負った者が現れる。
ディメトロドン。
哺乳類に近い爬虫類。
新たな器の予兆。
だが、またも進化は絡まる。
ペルム紀末。
両生類と爬虫類が、
新たな器の芽を押し潰す。
私は再び、95%を消した。
三畳紀末。
火山、温暖化、酸素の揺らぎを越えた小さな爬虫類が、
捕食者として台頭する。
哺乳類型爬虫類は、またも進化を阻まれる。
私は75%を消した。
淘汰とは、私の詩法。
絶滅とは、私の筆先。
目的に向かうための、静かな再起の儀式なのだ。
二億年前。
ようやく器が整った。
モルガヌコドン。
恒温の炎を灯し、
毛皮で世界を撫で、
脳の襞に未来を刻む。
私は、意識の宿る器を準備した。
長き選別と淘汰の果てに、
ようやく、思考の種を植える土壌が整った。
だが、ここで私は小さな誤算をした。
三畳紀末の絶滅で爬虫類の台頭を抑えたつもりだった。
けれど、恐竜の芽を見逃した。
彼らは一億年のあいだ、
大地を踏み鳴らし、
哺乳類の繁殖と進化を覆い隠した。
その巨体は、脳の容量をも引き上げる。
私はその可能性に、少し期待してしまった。
器の候補として、あまりに雄大だったから。
だが、運命は私の手をすり抜ける。
六千六百万年前、
空から石が落ちた。
少し大きな隕石。
地球は冷え、
恐竜は沈黙した。
哺乳類は、ようやく呼吸を深くした。
進化の道が開かれた。
白亜紀末絶滅。
それは私の意志ではない。
それは、運の介入だった。
私が編んだ糸の隙間に、
偶然がそっと指を差し入れた瞬間だった。
事実一覧(語りの背後にある進化と絶滅の記録)
- プテラスピスは腎臓を発達させ、浸透圧差に適応できる。
- 約4億年前に肺魚が出現した。
- 肺魚は肺を持ち、空気呼吸を行う。現生種にも存在する。
- 約3億9500万年前にイクチオステガが出現した。
- イクチオステガは肋骨と強い後肢を持ち、陸上で体を支えることができた。
- 陸上植物が繁栄し、湿地環境が広がった。
- シダ植物の森が形成され、魚類の隠れ家や餌場となった。
- 約3億年前、魚類は両生類から爬虫類に進化した。
- 爬虫類は殻のある卵を持ち、乾燥地でも繁殖可能になった。
地球史上の5大絶滅イベント(ビッグファイブ)
- オルドビス紀末絶滅(約4億4400万年前):海洋生物の約85%が絶滅。
- デボン紀後期絶滅(約3億7400万年前):魚類中心に約82%の生物が絶滅。
- ペルム紀末絶滅(約2億5000万年前):生物の約95%が絶滅。
- 三畳紀末絶滅(約2億1000万年前):生物の約75%が絶滅。
- 白亜紀末絶滅(約6600万年前):恐竜など大型爬虫類が絶滅。
哺乳類の誕生と進化
- 約2億年前、最初の哺乳類が誕生した。
- モルガヌコドンは最古の哺乳類とされる。
- モルガヌコドンは恒温性・毛皮・脳の発達を備えていた。
- ディメトロドンは背中に帆を持つ哺乳類型爬虫類で、哺乳類に近い存在。
- 恐竜は約1億年前まで大型化し、哺乳類の繁殖と進化を妨げた。
- 恐竜の大型化は脳容量の増加を伴った。
- 約6600万年前に隕石衝突があり、地球が寒冷化し恐竜が絶滅した。
- この絶滅により、哺乳類の繁殖と進化が促された。