2022年3月12日
この前とは違うカフェで5時間ほど勉強して、塾が開くのを待っていた。ちょっと長居しすぎって意見もあるだろうけど、そこまで混んでいるわけでもないので許してほしい。
これから一年、午前中から塾が開くまでの時間、この騒がしい街の騒がしいカフェで過ごせるかどうかは自信がない。良い自習場所が見つかると良いのだけれど。当面の課題だ。
カフェをでて、道なりに進む。とてもアーティスティックとは言い難い、言い換えれば私の好みじゃない絵で壁の全面が彩られた地下通路を今日も通ってゆく。
塾長は塾が開くのはおおむね15時だと言ったが、いつも空いているとは限らないみたいなので、若干祈る気持ちで入り口のほうに目をやると、今日もシャッターが半開きになっていた。今開いたばかりみたいだ。
やっぱり慣れない急勾配の階段をゆっくり登っていく。
「こんにちは〜!」
今日も屈託のない笑顔で出迎えてくれたのは塾長だった。
「あ、こんにち、は」
なんだかぎこちなくなってしまった。挨拶もすっかり苦手になってしまったものだ。もうずっとしてなかったから。この一年は社会にでるためのリハビリ期間にもなるのかな。もうでているのかもしれないけど、その実感はない。
「どうぞー」
ちょっとつくりが杜撰なようにもみえる自習室に通された。4席ほどが壁沿いにならんでいた。授業をするブースもある部屋で、これだと授業中の声が聞こえてきてしまい集中できなさそうだから、やっぱり他の自習場所が欲しい。
程なくして芳賀先生の授業が始まった。長文問題を解いて、本文を音読しながら答え合わせしていく。受験ではありきたりな、環境問題の話だ。先の人間といえば、将来的に地球の存続が危ぶまれるほど資源を搾り取ったと思えば、その後始末を後の世代にまかせたいだなんて調子の良い話だと思う。落とし前をつけずに逃げ切った大人たちがいれば、私たちは何もしていないのにツケを払わなければいけないということになるのではないか。なんて、考えが未熟なのかもしれない。
「あなたがかなり英語がお出来になることは、今の音読を聞いて分かりましたよ」
初回授業でかなり緊張していたが、まがりなりにも難関大志望であることをアピールできたかもしれないと思うと、ちょっと誇らしげな気持ちになった。
そのあと芳賀先生は、それは分かりやすく英文法のポイントだとか、読解のコツだとかを教えてくれた。問題文にちなんだことも色々と話してくれた。
先生と答案を通して語り合うこと。それは、あのとき失ってしまったものを取り戻すような体験だった。勉強が生きがいだった頃、それも高一とか高二の頃は、まだ手はだせないものに入試問題があって、それを自体にもうっすらと焦がれていたけれど、何よりも解いて先生と答え合わせをすることがなんというか夢だったのだ。おかしな話のようにも聞こえるかもしれないけれど、この感覚が分かる人、どこかにいると思う。
しかし高3になる前に勉強ができない体になってしまってそれも叶わなかったから、今こうしてあのときするはずだった体験をしているのだ。
「ありがとうございました」
芳賀先生の授業ブースを後にした。向こうで塾長が手招きをしている。
「国語の壬生先生と日本史の大田原先生、担当してくれることになりましたよ」
来週から国語と日本史も受けることになった。ここから、本格的にこの街での受験生活がはじまっていくのだった。