この世の最高級品を召し上がれ
休養3日目の朝。
私たちは、ジョン特製のチキンスープをマグカップで啜りながら打ち合わせをした。
「もう、身体は休まった?」
「はい、我々のせいで足を引っ張ってしまったようで……すみません」
アシュレイが、申し訳なさそうに言った。
「良いのよ、種族差は誰かのせいじゃないもの。あなた達が居るからこそ、安定というメリットもあるし」
パンジーちゃんについてどうするか、決まった事はこんな感じだ。
・次の異形とは戦闘
・目視した時点で、パンジーちゃんにリード装着。
・リードは5メートルあるので、冒険者4人が手分けと工夫でパンジーちゃんを『進ませない』よう、引く。
・フレスベルグは、初回と同様に首輪と胴体でケルベロスを押さえる。
・ティティは、人間と同じ位置にまで下がっておく。油断せず、異変があったら逃走最優先。
「もう一人、前衛がいればなー」
フレスベルグが、呟いた。
「そうね、でも居ないものは仕方ないわ。さ、最終決戦よ?いきましょう」
そうして私たちは、少しの緊張と恐怖を抱えて出発した。
──私のメモによると、現在144層。
83の動物層を越えて、ここは61番目の魔物層だ。
──動かない水独特の、生臭い沼地である。
50メートル先に──パステルピンクとブルーの、色合いだけは可愛らしい巨大ヘビが居る。
頭は2つ。
「なんか……ファンシーな色合いだな……」
「強そうに見えない色ってあるんだなぁ……」
周囲は不自然なほど静まり返り、時々吹いてる生暖かい風の音と、粘着質な水音だけ。
(うーん、ヘビ自体は8メートル近くありそう……)
私はパンジーちゃんにリードをしっかり繋いで、持ち手を不安そうなマイケルに手渡した。
「本体は私だけで、倒してくるわ」
全員後方待機。
ヘビを倒して『見えるけど居ない』状態になる、1時間の間に沼地を埋め立てて、足場を確保だ。
ヘビ自体は遠くから、雷を落としてダウンした所で首を落としておしまいだった。
鑑定は、いつも通り文字化け。
【………………が.…..化…………(中略)…………から
…………で………………渉……】というくらいだ。
死体は30分ほどで消失する──毎回サンプルとして時空庫に入れても、消えてしまう謎仕様だから最近は放置。
「さて」
イメージはプールの形。
地中5メートルの深さに15メートル四方。
側面も地上に向けて、ぐるりと囲む。
中身は──粘度状の泥。
魔力を練り込みつつ攪拌。
ゆっくり水分を抜いて『魔力コンクリート』として、しっかりと固めていく。
表面はフレスベルグから、大量の砂(時空庫にたくさん持ってる!)を貰って、撒き散らした。
雷で人工フルグライトにすれば完成だ。
「そもそも……フルグライトってなんだよ」
フレスベルグが悲しげに、空になった沢山の砂袋をたたみながら、尋ねてきた。
「フルグライト?砂浜に雷が落ちたら、ガラス状の塊が出来るの──自然のはスカスカで脆いんだけどね」
「こんな茶色くて、ザラザラなのがガラスなので?」
アシュレイが、ざらついた表面を触りながら不思議そうに呟いた。
「不純物が多いから、透明には出来ないの。でも、人工的に作る魔力フルグライトは密度が高いから、耐久性と防水性があるって事で採用したの」
「ああ、足場の確保……か!」
このプールは、私以外の魔力は干渉できない。
元々の沼地はもちろん、裂け目の中から水が出てくれば、踏ん張れなくなるから──必要じゃなかったとしても事前準備は大事だ。
(──念のための保険ってやつよ)
「はぁ……スローライフに戻りたい」
じゅわっとヘビが滲み出してきた。
フレスベルグが、私の合図でパンジーちゃんを連れて、そろそろそろそろと近づく。
5メートル付近で、一瞬にしてケルベロスモードになったパンジーちゃんは、前回と同じように『空間』に突っ込んでいった。
「おわぁ!くそ、やっぱ強い」
吹っ飛びかけたフレスベルグが、どうにかパンジーちゃんを抑える。
向こう側への裂け目はそこそこ大きくて、充分に私が通り抜ける余地がある。
「じゃあ、ちょっと行ってくるわね」
「待て待て!入る気かよ!」
フレスベルグが悲鳴をあげた。
「ふふ、理論上は100%勝つ自信があるから大丈夫!あ、崩れ始めたらパンジーちゃんを引っ張り出してね」
私はパンジーちゃんを乗り越えて、向こう側に侵入した。
パンジーちゃんの頭は怒り狂い、前進したくて前足で強く宙をかいている。
──空気はあるにはあるけれど、妙な質感を持っている。
ぬるま湯の中にいるみたい。
(タコっぽい何かだと思ってたけど──思ってたよりメチャクチャだわ)
じぶんが目撃した、たこ足。
アシュレイがみたというツタ。
十中八九、タコだと思ってたけど──
「うぇー、メチャクチャじゃないの」
『ソレ』の姿は、思ってたより常軌を逸していた。
不定形で、所々具現化が出来ず靄になっている部分もある。
タコ、スライム、ヘビ──今まで視てきた異形のモンスターが混じり合い、蠢いている。
(くっついているわけじゃなくて、混ざっちゃってるのは、予想通り思念だからね)
「──口ってあるのかしら?」
『ソレ』が持つ器官の一部が、別の形状に書き換わったように見える──けれど、その間にも別の部分が崩れ落ち、再構築されていく。
目を凝らすほど、視界の輪郭がぶれていく。形を捉えようとしたこちらが壊れてしまいそうだった。
(──全体は見ちゃダメね。こっちの頭がやられちゃいそう)
隠蔽魔法がかかっている私は、気配を消しながら周囲を観察した。
フロアは狭く、『ソレ』だけが居られるスペースのようだ。
ムニっとした壁が、空間を構築している。
「理論上は100%。成功率は50%──だけど私はエルフだから、成功確率は150%よ」
具現化が出来ず靄になっている部分が、コレの綻びだ。
触れてみると、弾け飛んでいく。
パンジーちゃんから、私に認識が移ってきた。
攻撃されてるんだから、そりゃあ嫌でもこっち向くよね。
──私に触れば弾け飛ぶ。
私の理論は単純明快だ。
微弱な存在力が、常に必要な相手に……圧倒的存在力を与えたらどうなるか?
(妖精以外に手を出さないのは理由があるから。妖精と親和性が高いと言うことは──存在力は曖昧で弱い)
水風船に、どんどん水を入れていくようなものだ。
過ぎた存在力は、コイツを破裂させる。
「私はエルフ。しかも落ちた星の核から生まれたのよ。この世界の島とも名付けで繋がっているし、この世界の生物とも繋がっている……」
──この世界に、私以上の『存在力』を持ってる生き物って居る?
「最高級品よ、良く味わうといいわ」
具現化しているヘビに触れると、その部分が溶けていく。
もちろん時間はかかったけど、『ソレ』はどんどん大きさを変えて。
パンジーちゃんよりやや大きい『塊』になっている。
(帰れないのは困るのよね。まだやりたいこといっぱいあるし)
私はパンジーちゃんの首輪と自分の身体を、頑丈な魔道ロープでしっかりと固定した。
塊は、最早なんの生き物を模しているのかすらわからない。
音もなく、蠢いている。
もう何時間も戦っているけど、本当に静かなものだ。
やかましいのは、吠え散らかしてるパンジーちゃんだけだ。
(BGMがケルベロスのギャン吠えだけって、ムードがないわねぇ……)
「そろそろデザートの時間よ」
私は魔力を纏わせた腕で、塊をパンジーちゃん側に引きずっていく。
パンジーちゃんは、塊にがっちり牙を突き立てた。
「パンジーちゃん、ソレ捕まえておいてね」
私は自分の手のひらに、深い傷をつけた。
(──この星のエルフの血と魔力)
塊に手を突っ込んで、どんどん魔力を送り込む。
『ソレ』はどんどん膨張していき──
ぱーん!と弾け飛んだ。
破片は動かず、消失していく。
床が柔らかさを増し、空間の崩壊が始まった。
私はパンジーちゃんの首輪をしっかりと掴み、フロア中に魔力を放出した。
ガラスが割れるように──ってのが、イメージだったけれど。
実際は、グニョグニョとくずれて『形を保てなくなる』感じだ。
──どれくらい経っただろうか?
パンジーちゃんの背後から、唐突に腕が出てきて私の腰に回され、引っ張り出された。
──周囲の確認をしなくては。
だけど、フレスベルグが私を抱きしめたまま、離してくれない。
何か言っているけど聞き取れない。
ここが沼地じゃなくて、草原になっているのだけ視認して……
──ああ、思ったより魔力を使いすぎているようだ。
フレスベルグの身体は暖かい。
このまま、ちょっと休ませて…………。




