不帰の迷宮③
──ループ。
そうわかってしまえば、フロアが数時間で踏破可能なのも納得できる。
元々あった、ゴブリンの階層に倣った広さなのだろう。
(ざっくりとしたコピーは出来るけど、空間拡張まではしていないか、出来ない……なんでも無条件に出来るわけではない、と)
魔物層に出てくるモンスターは、希少種や亜種などは居なくて──よく見かける類いのものばかりで、強いわけではない。
ただ、そこに見えているのに居ない判定になる『干渉モンスター』は、異形だった。
まっ黄色な巨大スライムだったり、宙に浮く黄緑のクラゲ、ショッキングピンクのサメ……
真っ赤なカエル、真っ青な蛇……
色がまずおかしいし、水中にいるはずのものが宙に浮いてたり──何もかも『生物としての在り方』が狂っている。
どれも『実体』を倒してから、1時間くらいでまたそこに『居るように見える』状態で佇んでいる。
パンジーちゃんさえ近付けなければ、こちらから干渉しようもないので……。
さすがの私も、この魔物の空間を切って覗き見ることはしていない。
魔物は──ただ、見えているだけだ。
3日くらいたつと、じわじわ動き出して実体化。
これの繰り返しだ。
「ずっと同じ場で出現するのは、フロア把握のための『目』なのでは?」
話し合った結果、異形のモンスターは『観測点』として役割があるのではないか……という事になった。
既に踏破フロアは100を越えている。
生きてるゴブリン村を発見したら──
ゴブリン達に『ゴブリンを食べる怖い魔物がうろうろしてるから、しばらく村から出ちゃダメ』とティティが伝えて回っている。
"餌"が減れば、弱体化するかもしれない。
相手がゴブリンなので、警告の効果があるかどうかは不明だけど──なにもしないよりは、良いだろう。
現に、最近異形のモンスターの姿を見掛けなくなってきている。
最初は5階層に1匹程度いたものが、ここ数日だと20階層で1匹。
扉も滅多に見掛けない。
(合理的、非情──エルフ流でいくなら、先方のエネルギー源のゴブリンとティティの抹殺なんだけど……)
「さすがに……私は出来ない……」
ティティが『なぁに?』と言いたげに首をかしげた。
そんな彼女に、私は微笑み返した。
──私はティティが好きだったし、ゴブリンも愛らしいと思っているのだ。
確かに、私にはエルフらしい側面も多いけど──エルフとして生きるには感情的過ぎる。
「なんでもないのよ。どうやって妖精を守ろうかって考えてて」
「ふぅん?確かに村の中にも時々『扉』出てるってアシュレイ言ってたもんねェ……」
「片っ端から魔力名付け、も考えたんだけど」
「ゴブリンいっぱいいるから無理だよねェ」
「そうなの。──やってみても良いけど、狙って会いには行けないし、新たに増えても把握しきれないのがね……」
「だよなぁ。せめて新規流入を防ぎたいけど、そっちは打つ手ナシだしな」
フレスベルグが、大袈裟に肩をすくめた。
冒険者達に視線を向けると、彼らは疲労の色を隠しきれずにいる。
(ゆっくりのつもりだったけど、数日休ませた方が良いわね。体調崩されたら余計ロスになる)
「とりあえず、動物層に移動したら、しばらく休養日にしましょうか」
フレスベルグは冒険者達をチラリとみて、そうだな、と頷いた。
その後はアルミラージやサハギンといった魔物を倒しつつ、階段探しをした。
パンジーちゃんは怖がりというよりは──スライムが怖いだけだったらしく、他の魔物を倒す時は勇ましく参加している。
この迷宮、帰還不能指定領域No.19の調査のギルド発行書類を見たかったのだけど──リーダーのハリスの消失と共に、消えてしまったとのことで外部情報も無い。
せめていつから、不帰の迷宮になったのかわかれば良かったのだが……。
ハリス以外の冒険者……今いる4人は当時ほぼ新人で、重要事項は聞かされていない。
(ワンマンパーティのデメリット部分が、もろに出てしまったパターンなのよね……)
「ありましたよ!」
狼獣人のサムが階段を見つけた。
彼は階段探しがとても上手だ。
しかも最近ようやく警戒心を解いたのか、とんでもないカミングアウトをしたのだ。
彼は、転生者で元日本人。
そういうわけで、フレスベルグともとても仲良くなっていた。
アシュレイは穏やかで理知的。
冒険者を上手にまとめているし、ジョンは料理上手。
マイケルは犬好きで、パンジーちゃんのケア系のお世話を一手に引き受けてくれてる。
即席パーティではあるけれど、中々うまく機能している。
階段を降りた先は、雑木林層だった。
一応全体を見て回り、動物層だと確定してから3日間の休養をとることになった。
夕食時、私は全員に言った。
「次に異形のモンスターを見つけたら、パンジーちゃんを使うわ。様子を見てても時間の無駄だと思うから」
全員に緊張が走った。
「──『向こう側』と最終決戦よ」




