不帰の迷宮②
「──で。31層あった動物フロアのフィールドは5種類だけ」
アシュレイが、思案しつつ答えた。
「頻繁に有るのは、スライムのみの洞窟と花が咲き乱れる草原に雑木林……ですよね」
「そうね。草ばかりの草原と──あなたたちが長くいた針葉樹の森はまだ出てきていない。これの共通項はゴブリンの村があること」
犬好きなマイケルが、パンジーちゃんをブラッシングしながらアシュレイを見て言った。
パンジーちゃんはすっかりジョンに懐き、お腹を見せている。
「いやー、ケルベロスってかわいいですねぇ……って、なんでゴブリン村のフロアは中々出てこないんでしょう?」
「魔物フロアには幾つか村があったけど──同じ村は無かったですね」
「仮説ばかりだけど、正規のゴブリン層──しかも村があるフロアは作為的に繋がらなくなってる可能性があるわ。『アレ』にとっては大事なエネルギー源だから」
私はメモ帳を眺めながら、推測を述べた。
「妖精は比較的長命だけど……ゴブリンだけは違う。彼らはほぼ人間と変わらない寿命」
「確かにな!ゴブリンって、100年くらいだもんな」
フレスベルグとティティが、勢いよく頷いた。
ティティはかわいい小花を編んだ冠をつけて、とても機嫌が良さそうだ。
「寿命が短い種族がどうやって絶滅から逃れるか?と考えると『増える』しかない。ゴブリンは増えるのが早いでしょう?つまり──」
フレスベルグが、しかめっ面で呟いた。
「養殖か……?」
「そう考えると、他フロアに逃がさないよう繋がりにくくなってる……という仮説がたてられるんだけど、推測は推測でしかない」
スープ当番のジョンが顔色を悪くしながら、鍋のスープをかき混ぜている。
「アイツらが増えて、いつの間にか減ってるのってそういうことだったのか……」
「たぶん、よ?それとは逆に魔物層のゴブリン村。これも….生きてるゴブリン村には繋がりにくいから、中々到達出来ないけど──『幽霊ゴブリン』の村は、同じものがあったわね」
「うん!私に見えない子達ね。外見は同じ村だよねェ?」
「そう。幽霊ゴブリンだけの村は、同じフロアに出てきやすい。そして魔物フロア限定」
「それってよ、つまり元々あったゴブリン層は5種類、5層だけって事か?」
腑に落ちない、といった様子のフレスベルグ。
手持ち無沙汰に、花を摘んで編んではパンジーを飾っている。
「そうね──集中力皆無、能天気なゴブリンの特徴から考えると、ここは元々ダンジョンじゃなくて5階層くらいのミニダンジョンだった可能性が高い。ボス不在のね」
「…………そこと、向こう側のヤツが作ったダンジョンが混ざって無限ループしている?」
「そう。養殖場は繋がりにくくしてね」
「そんなことが可能な魔物って、存在するんですかね?──ダンジョンコアになってるとされる神族の生き残りとか……?」
「みんな、学校で習ったと思うけど──神族は間違いなく絶滅してるのよ。名前こそ神とついてるけど彼らは魔族の一種というか……作為的に『作られた』種族で、生殖能力は持ってなかったから」
──大昔、メア大陸の魔族達に『兵器として』うみ出されたのが神族。
高魔力結晶体に『召喚した異界のヒト』を融合させ、改造された禁忌の産物。
自分の意思とは無関係に、実験台にされた異界のヒトは──死してなお、この世界を呪いながら存在し続けている。
彼らの死後に残った、大きな魔核。
それが、世界中に点在するダンジョンのコアなのだ。
「神族じゃないとすると──ここにコアがないという前提だよな?だったら、こんな事出来るヤツってナニ?ってのが引っ掛かるんだよなぁ」
フレスベルグは黄色い花で、パンジーちゃんの鼻をチョイチョイとくすぐって、噛みつかれた。
「いてぇ!この──アチッ!火を吐くな!」
フレスベルグは怒ったパンジーちゃんに追い回され、走り去っていった。
「でぇ、結局向こう側にいるのはなんだったのォ?」
ティティは自分用のちいさなクッキーをかじりながら、訝しげな顔をして私の方に飛んできた。
「向こう側のアレね。相変わらず鑑定は殆んど文字化けしてるんだけど──ちょっとずつ解析は出来てる。アレは、何かの思念の残滓」
「えェ?残滓?それってゴミじゃないのォ?」
「普通は……まあ『どうでも良いもの』よね。だけど──その『思念』を具現化している意思を持つ『何か』がいるのよね。」
「なんでェ?」
「思念の残滓は、絵のようなもので──自分で『考えない』から。絵の構図や色を変えたい場合は画家が必要でしょう?」
「具現化のためのエネルギーが、妖精の魔力?」
スープを完成させ、慎重に蓋をしたジョンがちいさな声で呟いた。
「そう。その具現化した思念を辿って、異界の本体が干渉してきてるんじゃないか?というのが現時点での私の見解」
「そんなことが出来るのは──フィアン様のような万能神くらいしか、思い付かないですよ」
アシュレイが緊張した表情で、遠慮がちに発言した。
(フィアンはそもそも神じゃないんだけどなぁ……)
「神ねぇ……まだわからないけど、異界の神が本当にいるなら可能性は0じゃないけど──そういう干渉に特化した魔物かもしれないし、思念自体が具現化したことで動いてるだけって可能性の方が現実的よね」
「どっちにしても~、邪神とか悪い魔物だよねェ?」
陽差しを背に受けて、輪郭が神々しく輝いてる美しい妖精がヒラヒラと飛んでいる。
話題の不気味さと、現実離れしたティティの美しさが相まって、ますますここの異常さが際立つ。
暫くの間全員が口をつぐみ、踊るように飛び回る妖精をじっと眺めていた。




