『扉』
結局、ビビりのフレスベルグは4回拒否って、私がキレかけたところで、諦めたのかどうにか名付け終了。
意外にも、全く魔力の消費というかダメージはなかった。
(島とか……自分と存在形式が違うものは、魔力代償が多いとかなのかしら?──これは気になる説だから後日調べよう)
私は名付けについて、しっかりメモをとった。
自分の余力は充分ある──と判断した私は、ティティも続けて名付けした。
ティティは素直なので、1回で済んだ。
想定どおり、ごっそりと魔力を消費した。
(自分とは違いすぎるものは、消費魔力が多い。これはほぼ確定ね)
ユニコーンや魔馬より、魔力構成の妖精の方が『異質』って、面白いわね。
だけど、これは私という存在から見た『異質』であって──妖精同士とか、より近い存在だと──現にフレスベルグは、楽だったし──島──
「………………ジューン!」
「んあ?」
ワタシはびっくりして飛び起きた。
どうやら居眠りしていたらしい。
「おい、扉」
フレスベルグの指差す方向──10メートルほど先に、ポツンと木製の扉が出現していた。
パンジーちゃんは……扉方向を気にして見てはいるが、ケルベロスモードにはなっていない。
私は念のため、ティティを結界で覆った。
「フレスベルグ、私はちょっと見てくるから──パンジーちゃんとティティを連れて、出来るだけ遠くに行ってちょうだい」
「なにする気だよ」
フレスベルグが緊張した様子で、私を見た。
「これよ」
私の手のひらには5cmほどの鋭い犬歯。
「──歯?」
「うん、歯。この歯はパンジーちゃんの4代くらい前のご先祖ケルベロスの乳歯」
「これ乳歯!?でかくね!?」
「だって──パンジーちゃんはミニサイズだけど、普通のケルベロスは3倍サイズだもの」
「ああ、確かに。でもなんでジューンが持ってるんだ?」
「──4000年くらい前に、カルミラがケルベロス飼いたいって言い出して、一緒に冥界境域に行って5匹捕まえてきたことがあって」
「待って!女2人で!?」
「そうだけど?で、そのケルベロス達から生まれた子がカルミラの出発点。お礼に一番大きい子の抜けた乳歯貰った」
「………………」
「ちなみにマーガレットちゃんっていうんだけど、活発な子で使用人のスケルトンをよくかじっちゃって、怒られてたわね……本当にかわいい子だったわ」
「カルミラの使用人にスケルトンが居ないのって……ネモおじさんがいつもフルアーマーで行くのって……」
「ケルベロス達に噛み砕かれちゃうからよ?さすがにネモは砕かれないと思うけど」
フレスベルグは、何か呆れた様子で溜め息をついた。
「パンジーちゃんを近付けると暴走リスク高いから、ちょっとこの牙で干渉できるか試そうと思って」
「歯の根本は何で包んでるんだ?この魔方陣は?」
「ああ、これ?ミスリル銀よ。根本は覆っておかないと、割れちゃうかもでしょ?魔方陣は保存と時間停止。大事な記念品だから」
「記念品……意外だ!ジューンはそういう情緒無いんだと思ってた」
私は身体強化した足でフレスベルグを蹴って、乳歯を握りしめて『扉』に向かった。
なんの変哲もない木の扉。
そっと触れてみるが、私の手は扉を突き抜けた。
向こう側に手があるのかがわからないので、横に回ってみる。
正面はドアなのに、真横からは見えない。
厚みゼロってことね。
肘を曲げて『扉』に腕をいれてみる。
全く異常なく腕は突き抜ける。
───つまり、触れてない。
私はチラリとフレスベルグ達を確認した。
豆粒サイズに見える距離まで、離れてくれているが──ケルベロスモードになって突進してきたら、数秒だろう。
パンジーちゃん暴走時の足止め用に、分厚い障壁を構築しておいた方が良さそう。
正面に回って、障壁をパンジーちゃん側に張った後。
息を止めてそっとケルベロスの乳歯を扉がある位置に持っていくと──僅かな抵抗がある。
(──予想通り、ケルベロスの乳歯にも『コレ』への干渉力はあるようね)
グッと押し込んで、裂くように下方に動かすと──扉が、15cmほど切れた。
指で広げようとしたけど、触れない。
乳歯を切れ目の片側に引っかけて、静かに広げていく。
────冷や汗が止まらない。
圧倒的な『何か』の存在を感じる。
生き物の気配では、ない。
もっと、気味の悪い……私の本能が警告してくるような危険物──ものすごく見てはいけない、という謎の圧迫感がある。
──これは、私自身の恐怖?それとも向こう側にいるモノからの干渉?
『未知なるモノ』──コレ……覗くべき?
またとないチャンスかもしれない。
すぐに違うチャンスに恵まれるかもしれない。
リスクは大きいけど──今、見たい、知りたい。
(好奇心は猫を殺すって言うけど──エルフは死なないわね、うん)
私は目に魔力を纏わせ、広げた隙間から『向こう側』を覗き込んだ。




