帰還不能指定領域No.19
「私達は、ここに来た当時──駆け出しの冒険者だったんです」
アシュレイが、思い返すように語り出した。
「リーダーのハリス、シルフの彼だけがベテランで。彼が居れば大丈夫だろうと依頼を受けたんです」
「悪いけど、あなた達を見た時に鑑定させてもらったわ。55歳、57歳よね? 何歳で入ったの?」
「14ですね」
「私は16でした」
──つまり、彼らは41年間ここに居る。
「取り引きしましょう。あなた達の知ってることを全部話して。代わりに、脱出時は必ず連れて帰る」
「──出られるんですか?」
「確約はできない。でも、攻略の余地はあると判断している」
「いいんじゃないか。どうせ失うものなんてないし」
ジョンがアシュレイに囁く。
「こっちには魔族とエインセルがいるわ。昼頃、他の仲間も連れて来て。昼食くらいは御馳走する」
2人は相談して『10時間後に伺います』と言い残し、去っていった。
──パンジーちゃんは、目を閉じたまま、舌を出して眠っている。
「こんな子が最終兵器なんてね。舌、出てるわよ」
──妖精のティティには“異常”が見えなかった。
妖精に通れる境界ではなく、“引き込まれている”のが正解。
思い出すのは、あの吸盤付きのタコ足。
あんな化け物がいるなら──引き込まれた妖精が無事なわけがない。
朝の気配が漂い始める。
私はパンジーちゃんの真ん中の頭用にドッグフードをふやかしながら、作戦を練った。
「おはよう」
朝食をとりながら、夜の出来事と私の推測を話す。
「……まず、ティティを守るのが最優先だよな」
「妖精結界ならあるよォ~?」
「でも、相手は“妖精狩り”に特化してる。妖精由来の魔法は通らないと思う」
「じゃあ、私、箱とかカゴに入る……よねェ?」
「移動中は特にね。私の結界も張れるけど、移動型は弱いから、併用ね」
──そこで、私は本題を切り出した。
「……人手が足りない。ティティの護衛についたら、私は戦えない。動けるのはパンジーとフレスベルグだけ」
「それに、パンジーを向こうに行かせたら──無事に戻る保証はない」
「それは困る! 借り犬だし!」
「実際、抑えるの大変だったでしょう?」
「バフもらって、自己強化して、どうにか……」
「物理的な腕力なら、私よりあなたの方が上。次回も“パンジー係”ね」
「……おう」
──パンジーはケルベロスの中では極小サイズ。
ミニケルベロスの作出を目指しているカルミラの秘蔵っ子。
本来なら、200kg超も珍しくない。
フレスベルグは、パンジーじゃなきゃ抑えきれなかっただろう。
「あとパーティ底上げの可能性があるのは……フレスベルグの魔臓覚醒くらいかしら」
「え? 俺っ?」
──パンを落としたフレスベルグに、パンジーちゃんが飛びかかった。
「やめろ!俺はパンじゃねえ!」
「そう。ほんとはティティもだけど──小さすぎて難しい。その点、フレスベルグなら──多少手荒でも死なないから」
「…………」
ティティがようやく笑顔を取り戻した。
ケラケラと笑い転げている。
──うん。妖精は陽気でいた方がいい。
「ざっくりとした計画はこう。アシュレイ達と情報を交換後、ここに拠点を定めるか決める」
2人は真剣な顔で聞いている。
「──で、安全な拠点を確立させたら、フレスベルグの魔臓を覚醒させる」
「魔臓移動とどっちが痛い?怖いんだけど!」
「痛いと思う」
フレスベルグが情けない顔をした。
魔臓移動の痛みを思い出したのだろう。
彼の心とは裏腹に……爽やかな風がヒュウ、と吹き抜けていった。
「フレスベルグなら5000歳くらいで自然覚醒すると思う──」
「ってことは10倍早回し!?俺、死なない?」
「強制はしないわ。ほんとは自然覚醒の方がいいもの。幾つかある案のひとつってだけだし」
「そっかぁ……」
「まだ時間はあるから、慌てて決断しなくてもいいのよ」
ティティは呑気に髪を整えている。
プラチナブロンドの柔らかそうな髪が、彼女の可愛らしい顔を華やかに彩っている。
良いことだわ。
全員が『いつも通り』でいなくては、計画はうまくいかない。
人手はギリギリ。
──むしろ足りないんだから。
ほぼ時間通り、男性が4人で現れた。
新たなメンバーは『サム』『マイケル』と名乗った。
こちらも自己紹介をして──パンジーちゃんは私達の背後に伏せさせておいた。
威圧しちゃったら、聞けるものも聞けなくなっちゃうからね。
「うまっ…………」
4人は感動して、昼食を食べている。
私は総菜を出して並べただけだけど、プロの味だものね!
現在のリーダーらしいアシュレイが、代表して話し始めた。
「現在、私達はゴブリンの村で生活しておりまして──ゴブリンは15名です」
「ですが──ゴブリンが『見えていない』ゴブリンも、数名いるんです……」
(あっちの位相にもゴブリンが居るってこと────?)
そう来たかぁ……ゴブリン……。




