ゴブリンのダンジョンとは──
エルフ、魔族、妖精、そしてケルベロス──
このパーティメンバーは、『食事』『睡眠』無しでも長期間の活動が出来る種族だ。
──飲まず食わず、眠らずでも10日以上平気なのは、攻略にかなり幅を持たせられる。
「今日は私が起きてるわ。あなた達はもう休みなさい」
二人を休ませて、私は魔導焚火の前で物思いに耽った。
ふと気がつくと、パンジーちゃんが毛布を引きずって傍に来ていた。
「あら。パンジーちゃん、寂しくなっちゃったの?」
私の足元に毛布を整えてやって、優しくブラッシングをしながらパンジーについて考え始める。
──何故パンジーが、カエルに攻撃可能だったのか?
おそらく答えは『種族特性』だと思う。
パンジーちゃんはブリーダーの元で生まれたケルベロスだけど……
本来のケルベロスは──現世と冥界の境界域にだけ、生息している魔物だ。
つまり、境界が交差する場で、自己を失わず存在出来る魔物。
──だから、位相を跨いで攻撃を出来た、ということなんだと思う。
パンジーは自分の居る側に不正アクセスしてきた物に対して『仕事』をしただけ。
──冥界に生者が入らないよう、冥界から魂が出られないよう、どちらの世界も見張り、必要なら攻撃する番犬──それがケルベロス本来の姿だ。
本能が、境界を越える存在を許さないのだ。
──自分が『どちら側』にいるのか、パンジーにはどうでもいいこと。
とにかく、境界侵犯は許さない──そういう風に出来ているのが、地獄の番犬なのよ。
だから、パンジーだけがこのパーティ内で唯一、『あちら側』にアクション可能ということね……
本能的なものだし、言って聞かせてどうにかなるものじゃないのが厄介だけど──
パンジー無しでは、絶対攻略不可能でもある。
「どうしたらいいのかしらね、パンジーちゃん」
パンジーちゃんはブラッシングでリラックスしたようで、また眠り始めた。
──いつ暴発するかわからない危険物だけど、今の私達にとってはパンジーちゃんが最終兵器でもある。
「どうしたものか….」
私は小さな声で呟いた。
焚火の揺らめく炎が、プスプスと間の抜けた寝息をたてるパンジーちゃんを照らしている。
「可愛い爆弾ねぇ……」
カサッ。
パンジーちゃんが飛び起きるのと同時に、私の耳も茂みが揺れる微かな音を捉えた。
迎撃体勢で目を向けると、両手をあげた年配男性が遠くから歩いてくるのが見えた。
パンジーちゃんに待て、と命じてから私はゆっくりと男達に近付いた。
「え、エルフ──」
わかってて来たんじゃないのかしら?
ここに来て、まさかエルフだと怯えられるとは……!
わかってはいるけど、何か納得いかないわ。
「危害を加えるつもりはないわ、私達は野営しているだけよ」
継ぎはぎだらけの服を着た、二人の男性。
50は越えてそうな年配者だ。
鑑定も通って、人間であることも確認した。
出で立ちはボロボロだけど──不衛生ではない。
だとすると、このフロアに拠点がある?
揺さぶりをかけるべきね。
ここで生き延びている者が居るのもびっくりだけど、素晴らしい情報源かもしれない。
「──で、拠点から様子を見に来たんでしょう?見慣れぬ者がいるってことで」
男達は顔を見合せ逡巡した様子だったが、やがて頷いた。
「私はアシュレイ。こちらはジョン」
「ジューンよ」
短い自己紹介が終わり、私は二人を焚火の前に招いた。
自分のエリアにいれたところで、私の脅威にもならないからね。
おまけに、パンジーが居るし。
──さて、この二人は敵か味方か?
判断は、情報を引き出してからよ。
アシュレイと名乗った男は、ゆっくり慎重に話し始めた。
「ここでゴブリン以外の種族を見たのは初めてでして──私達はギルドの依頼を受けて、調査に来たのですが」
アシュレイは出された紅茶を一口飲んで、満足そうに一息ついた。
「結局、不帰の迷宮の名前の通り──帰還できずにずっとここに住んでいる、という状況でしてね」
(不帰の迷宮……まさに、帰れない穴じゃないの…)
「……ギルドの依頼は、原因究明の解明かしら?」
「その通りです。『帰還不能指定領域No.19』の調査、でした」
ええー、ここ帰還不能指定だったの……?
完全なる私のミスだ。
知らない場所なのにその場のノリで即決しちゃって、ちゃんと事前調査しなかったから。
──ギルドが絡んでるなら、ちょっと調べればわかったことなのに──
ジョンが口を開いた。
「時々、出口や何かの扉が出現するんですよ──でも、なんといったら説明出来るのか……」
「触れないんでしょう?」
「え?なんで知ってるんです?そうなんですよ、触れないんです!だけど──」
「だけど?」
「ゴブリンは、出ていくんですよ。なんというか……ドアを開けるんじゃなくて、スゥーっと」
「消える……そのままここには来ない?」
「ええ。ちょっとゴブリンは見分けがつかないんですけど、人数が減るので」
焚火のパチパチという音が静かに響く。
パンジーちゃんは目も開けず、眠りこけている。
「もともと、5人パーティだったんです。今は4人しか残ってないのですが──扉があるのに、無いと言って笑って近寄って、転びかけて──俺の目の前でスゥーっと消えたんですよ」
「あなたに見えていた扉、消えた彼には見えていなかったと?」
「少なくとも、本人は『何言ってるんだよ、何もないじゃないか』と」
(見える人と見えない人が居る?それってもしかして──)
「ねえ、その彼って妖精か精霊なんじゃない?」
「!?」
アシュレイがジョンを見て、頷いた。
「そ、そうです。彼は……シルフ族でした」
(やっぱり!)
シルフ族は人間と同じような姿をしているけれど、れっきとした精霊だ。
ただし──具現化しているので、妖精にかなり近い存在。
ゴブリン、エインセルであるティティ、シルフ族の共通点と言えば──
「妖精、妖精だわ……」




