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前世の記憶は役立たず!~エルフに転生したけれど、異世界が世知辛すぎる~  作者: 藤 野乃
アルシア王国に移住するよ!

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ゴブリンのダンジョン⑩


「そんな難しい顔して、なんだよ。葉軸?そこに椰子の木があったから、葉っぱ取ってきてむしっただけだぞ」


私は葉軸の確かな感触を確かめつつ、二人に鑑定してみるよう促した。


(──おかしいとも思わず、取ってくるフレスベルグが逆にすごい……ほんと、見てて飽きないわ)


「あれ、ジューン、葉軸が対象に入らない……」


「ほんとだァ~、何でェ!?鑑定もおかしいの?」


「うーん、葉っぱをむしって葉軸だけにしたのよね?」


私は、葉軸を指でつまみ上げた。

見たところ、なんの変哲もない植物である。


すると、フレスベルグは唐突に葉軸をペシペシと手のひらに叩きつけ、その存在を確かめだした。


「ティティは手が小さいだろ、だから俺がここでむしったんだよ──葉っぱは足元に散らばってるはずなんだ」


私達は、フレスベルグの足元に目を向けた。


────葉っぱなど、1枚も見当たらない。


「葉軸の葉っぱは再生せず、そのまま。だけど──むしった葉っぱは消えた、と」


「ちなみに、椰子の木は俺のテントの後ろに生えてた」


私達は、チラリとテントの方を見た。


──予想通り。

椰子の木など、見当たらなかった。


私の手の中で、かすかに震えた葉軸が揺らぎ始める──


私は反射的に葉軸を時空庫に放り込み、二人の手元を観察した。


ティティの持っていた葉軸も、揺らめくように消失し、食べかけのマシュマロがポトリと地面に転がった。


「存在を疑った瞬間に、消えていく──?」


「ダメだ、さっぱりわかんねえ」


「あ、私のマシュマロがァ~!」


私は、今わかっている事だけを根拠に『仮説』を二人に説明することにした。


「食べながらでいいわ──カエル、この“椰子の木”なんだけど──」


私は、今わかっていることを手掛かりに、二人に向けて言葉を選んだ。


「“位相”って、異世界そのものとか異次元とか、そういうものじゃないの。切り離された『場面』『時間』『空間』……言うなれば、“ひとまとまりの状況”が、どこかに独立して漂ってる。

たとえるなら、“どこかの世界の一瞬の切り抜き”みたいな……記憶の断片とか、景色の影、とかね」


ティティとフレスベルグが、じっと私を見ている。


「この葉軸の“もとあった場所”と、今の私たちの場所が、たまたま触れ合った──それで引っ張ってこれた。

けど、その“つながり”が途切れれば、存在はこっちに留まれなくなる……たぶん、そういう理屈」


「……つまり、あの椰子の木そのものじゃなくて、どこかにあった“椰子の木の一場面”だけが、ここに迷い込んできた?」


「うん。しかも、“世界”っていうより、“場面”の断片、かもしれないわね」


フレスベルグが、お気楽モードを切り替えたのがわかった。

タンザナイトのように澄んだその瞳には、珍しくも“困惑”が宿っている。

手にしたグラスから、氷の音がカランと響いた。


「そうなるとさ……その“位相”って、世界中──いや、宇宙中に、何万、何億もあるってことになるよな?」


「理屈の上では。けど“干渉”が起きるのは、めったにないことよ」


「じゃあ、可能性としてはカエルと椰子の木は同じ位相かもしれないし、違う位相かもしれない──?」


「そこなのよ。同じ位相であれば、そこに存在する『何か』の能力で干渉が起きてるという仮説がたてられるんだけど──このゴブリンの迷宮自体が、そういうものと『同調しやすい』場所って可能性もあるわけで」


「この場所の特性か、特定の位相からの干渉かって事だよな?『場所』の特性って──」


私は空のグラスにお茶を継ぎ足しながら、この場に最適な言葉を探した。


「そうね、フレスベルグにわかりやすく言うと──神隠しとか、昔から“人が消える”って言われてる場所……ああいう、何かがおかしい境界みたいなものよ」


「ゴブリンのせいか……?」


「まあ、ゴブリンっぽさは否めないわね。そもそも、この場所ってダンジョンコアがあるタイプのダンジョンじゃないと思わない?」


「確かに……魔物が出ないフロアが、5階中に2つも出てくるのはおかしいな──」


ずっと黙って話を聞いていたティティが、気まずそうに口を開いた。


「あの、私──ごめんなさい」


「おう?どうした」


「ここ、ゴブリン達はレンナ・イ穴って呼んでるって言ったじゃない?これ、えっと彼氏から聞いた話だと『帰レナイ穴』が語源らしいの。──私、ゴブリンだから帰ってこれないんだって簡単に考えちゃってて」


ティティは不安そうにこちらを見て、呟いた。


「ちゃんと先に言っておけばよかった、本当にごめんなさい──誘っちゃって」


その場に静かな沈黙が訪れた。

しばらくして、フレスベルグが笑い始めた。


「ブハッ!普通よ、帰らずの穴とか危険っぽい名前つくじゃん?なんだよ『帰れない穴』って!ウケるんだけど!危機感皆無なネーミングじゃね?」


「フフッ、確かに。ゴブリンだから、帰れない──ホントにそう思うわ、私も。それに、私達は来たくて来たんだから、ティティが気に病む必要はないわ」


──帰れない穴、か。


転移して戻れた誰かと、帰ってきたゴブリンが居る──そう言われているけれど。


なら、どうやって“帰れた”んだろう。


本当に、“たまたま帰ってこれた”だけだったのか。


そうして、いつから“レンナ・イ穴”なんて、妙な名前で呼ばれるようになったんだろう──。


ゴブリンだから、ノリと勢いだけで意味なんて無いかもしれないけど。


──逆をいえば、『あのゴブリン達』が数世代にわたって認識してるって──よほど帰れない穴、なのかもしれないわね……

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