ゴブリンのダンジョン⑧
フレスベルグ転移不発。
私、転移不発。
──魔法は間違いなく、発動している 。
コンビに、それぞれもう一回ずつやってもらう。
「見た感じ、収束、構築、始動までは出来てるわね……」
個々でやり方に差はあるが、魔法というものはざっくり分けると5ステップある。
「──説明、必要かしら?」
「うん!よくわかんない!」
「俺もー!」
私は時空庫から、ホワイトボードを取り出した。
いいえ、パンジーちゃん。
おやつじゃないのよ。
「そんなもん持って歩いてるのに驚愕!」
「あら。便利なのよ?おバカさんに説明するのにピッタリ」
私は魔法について、大まかに分類されている項目を、簡単に噛み砕いて書き出した。
・① 収束(Concentration)
魔力を体内で集束・圧縮し、魔法行使のための状態に整える。
(魔力の制御・準備段階)
・② 構築(Formation)
術式や転移座標など、魔法の設計図を魔力で編み込む。
(魔法の骨組みを作る)
・③ 始動(Initiation)
構築した術式に起動の命令を与え、魔力を流し始める。
(スイッチオン段階)
・④ 展開(Deployment)
構築した魔法を現実に広げ、世界へ作用させる。
(魔法効果を「外」に接続する)
・⑤ 発動(Activation)
展開した魔法が実際に効果を発揮し、現象が起こる。
(結果が現れる・転移なら移動が完了する)
「──この④の展開で躓いてるのよ、今の私達」
「何かで阻害されてるってことか?」
「そうね、それか──空間自体が閉鎖されてて干渉を受け付けないか」
──そもそも、普通のダンジョンとは何か違う。
2時間ほど休憩を取り、何度も転移を試みてわかったのは『閉鎖空間』ではなく、『展開』の瞬間に魔力が霧散するということ。
「──何らかの阻害、で間違いないわね」
私達が考察をしている間、パンジーちゃんはドッグフードを食べて、毛布の上で居眠りをしている。
彼女が疲れてるのは、間違いない。
「何故パンジーちゃんがカエルに干渉できたのかは、だいたい推測がついてるんだけど──まずはこのフロアを離れた方がいいと思うの」
フレスベルグが立ち上がり、ゆるゆるとストレッチ始めた。
「そうだなぁ、ヤベェのはこのフロアだけかもしれないからな」
フレスベルグは私とティティを見て、照れたようにはにかみながら言った。
「今回は俺が先に降りるから!」
(──いや、君、ずっと一番で行ってるよね?)
私達は警戒しつつ、階段を降りていった
5層目(仮)は、爽やかな針葉樹の香りが漂う森だった。
木の密集している箇所はほとんど無く、光が差し込む雰囲気のいい森──
本音を言えば、もうちょっとパンジーちゃんを休ませたい。
「転移してみるねェ~!って、やっぱりダメみたい」
ティティは大袈裟に両手を広げ、首を振った。
兎、栗鼠、鹿────
このフロアには『動物』しかいないのかしらね?
魔物は全く見当たらないけど。
柔らかな落ち葉を靴の感触で感じつつ、野営向いてそうな場所を探す。
1時間ほど探索して、少し開けた場所に各自魔導テントを設置。
パンジーちゃんは私のテントがいいらしい。
毛布を隅に敷いてやると、コロリと転がって眠り始めた。
「フレスベルグ、ティティ。私はちょっと周囲を見てくるわ」
魔道具の焚き火風置物に夢中の二人を置いて、私は歩き出した。
──もちろん偵察の意味合いが大きいのは確かなのだけど。
歩きながら、自分の考えを整理したかったからだ。
(……何かがおかしい。だとすれば──私が考えるべきことは、ひとつ)
森を歩きながら、ぶつぶつと呟く。
「転移が効かない、結界でもない、魔力も正常──なら…?」
「考えろ、私。……考えるのが、私の生きる理由でしょう?」
(──ここは、本当に、ダンジョン?)
或いは──最初からどこにも無かった場所?




