ゴブリンのダンジョン⑥
私はパンジーに魔力水を与え、自分も水筒から水分補給した。
食事以外での休憩時の水分は、水が一番好ましい。
匂いの出ないもの、ここが肝要。
──リスク管理ってやつよ。
「で、羽が形成されるまでは動かない方がいいよな?」
フレスベルグは不安らしく、手のひらからティティを下ろさず考え始めた。
「私の一番のオススメは、フロア移動ね。考えるにしても、もうちょっと安全な場所がいい」
(──私一人だったら、絶対カエルの謎が解けるまで引き下がらないけどね。
探求心が、私の『生きる』理由だもの。
何にも興味が無くなった時が、死ぬ時よ)
「それが一番安全策だよな、階段探すのに一票」
「うんうん、とりあえず他行こ!」
私達はティティの羽が生えるのを待たず、フレスベルグは手のひらに妖精を乗せたまま、階段をうろうろと探し回った。
魔物はそれなりに出てきたが、凍らせて砕いておしまい。
「えげつねぇ……」
「効率的って言ってちょうだい」
────結果だけを言うと、数時間かけても階段は見つからなかった。
正直、このパーティは持久力があるので数日ぶっ通しで行動できる。
ケルベロスも、使役犬だから頑強だしね。
──パンジーちゃんは愛玩犬っぽいけど。
「うーん、カエルんとこ戻るしか無くね?」
ティティの羽は完成していたが、念のため私のポシェットに入って、そこから身を乗り出している。
「──剣が要るわね。貸してあげるわ」
私はコレクションの中から、かなり気に入ってる剣をフレスベルグに貸し出すことにした。
「お、サンキュ!うおっ!?」
フレスベルグが慌てふためいた。
「あー、これダメ!風属性エグくて……俺、風と相性悪いんだよー!つーか、なんて物出してくるんだよ!怖いんだけどこの剣!」
「フラガラッハは名剣なのよ?銘もスタンプじゃないしー」
「くっ……」
「んー、それ、すッごいどこにでもありそう!普通の剣じゃないのォ?」
「いやいや、やたら魔王感あるぞ!なんなのコレ」
私はせっかく出したフラガラッハをしまい、ドワーフ謹製の大剣を手渡した。
──フラガラッハは片手剣だし、フレスベルグは大剣の方が好きなんでしょうね。
「これなら属性無いから大丈夫でしょ」
「おお、いいなこれ!で、フラなんとかってアレか?魔剣!」
「魔剣ではないわね。かなり昔、地球じゃない世界から来た異世人がいてね──普通のオッサンだったけど、面白い人でね」
「ほんと、異世人ってどこからでも来るんだなー」
「そうね。リルは飲み友だったんだけど──寿命でそろそろ亡くなるって時に、借りた金返せないからって貰ったのよ」
「借金のカタで!?そんな剣、普通の人間に扱える!?」
「人間じゃあなかったと思うのよね。まあ、昔の話よ」
私は肩をすくめた。
──昔の思い出話。
今を生きる者には、必要の無いものよ。
「そろそろ、カエルポイントだよォ~」
ティティが間延びした声をあげ、少しだけポシェットの奥に体をずらした。
「──居るなぁ」
「やっぱり見えないよォ~?」
今回は、パンジーちゃんも一緒にカエルの5m前付近に回り込む。
「うーん、やっぱ居るけど居ないよなぁ───おい待て!パンジー!!」
パンジーちゃんが一瞬でカエルに到達した。
──子犬の目が深紅だ。
「フレスベルグ!パンジーはケルベロスモードよ!」
「嘘だろ、おいパンジー!待て!待てったら──」
パンジーがカエルに『噛みついた』
カエルの居た『空間』に亀裂が走る。
パンジーちゃんは、亀裂に頭どころか前足まで突っ込んでいき、微かに咆哮や唸り声が漏れてくる。
「フレスベルグ!!パンジーを抑えて!引きずり込まれちゃう!」
フレスベルグがパンジーちゃんの胴体を抱え込み、必死に引っ張っている。
私は努めて冷静に、裂け目を観察した。
──境界面の偏差?違う。
居相の乱れ?違う。
空間界面の歪み?違う、なにかもっとこう──根源的な。
──一体『コレ』は何?
頭を使え──考えろ、考えろ────存在?存在──存在境界か!
なら、これは存在軸の捻れ!
──パンジーを引き戻さないと!
いってしまったら、戻す術がない──
「フレスベルグ!まだ間に合うわ!絶対パンジー離すんじゃないわよ!」




