ゴブリンのダンジョン①
「ところで、あなた達、ちゃんと準備出来てるんでしょうね?食料も道具類も各自よ?私は自分の分しか出さないからね」
アホの子コンビが再度買い物に行った後、私はパンジーちゃんの左側の涙目を、柔らかなハンカチをポンポンと優しく当てて拭き取った。
この子だけ涙腺詰まってるのかしらね?
それともアレルギー?
ちょっと鑑定してみようかな?
▶ケルベロス(211)雌【パンジー】
右 健康
中央 健康
左 犬アレルギー・他
「ふぇ?犬が犬アレルギー?」
思わず独り言が出ちゃったわ、さすがケルベロスね。
──個にして全、全にして個。
もう一度鑑定してみたら、左の子は猫、ハウスダストもダメらしい。
アレルギー体質なのねぇ、他の頭は元気なのに。
1頭のケルベロスなのに体質が違うってことは、やっぱり頭は『個』であり全なのね?
意外性の塊ねえ、ケルベロス。
甘えん坊だし…………ふわふわだし。
──奥が深いわぁ、いや浅いのかしら?
うーん、本当に学者泣かせNo.1と言われるだけあるわね……可愛いは正義だし、いっか。
「ただいま~ッ、ちゃんと自分の分買ってきたよォ~!」
「みーとぅー!!」
いや、当たり前だから。
近所の散歩じゃないんだから、なにも持ってないとか、あり得ないのよ。
黙ってたら、絶対私が出すと思ってるわね。
出すのは簡単だけど。
全く……4、500歳にもなって──。
このコンビはそろそろ『大人がやってくれる』から卒業しないと。
自分達も、もう大人なんだからね。
「もうね、迷宮の前まで転移するねッ!ゴブリンの多いとこに出たら可哀想だからァ~」
「そうだな!あいつら、とりあえず走り回るもんなぁ……急に掴みあって喧嘩してるし」
「うんうん、本人達は何で走ったか途中で忘れちゃうみたいだよねッ!あの国はいつも迷子探してるもん」
「迷子ってよ、探してる方も迷子だよな?ゴブリンだし……」
「キャハハ!確かにィ!大捜索隊がたまーに出来てるよォ~、でも何してるのッて聞いたら、みんな『ワカンナイ!』って言うの!」
「待て待て待て、つまり──迷子を探すゴブリンを探すゴブリンの捜索隊を探す大捜索隊……?もはや国家事業!?」
「で、最終的には何をしてたかわからなくなる、と」
私達は、ようやくゴブリンの秘密の迷宮……前に転移した。
──なにこの崩れ落ちそうな掘っ建て小屋。
ここがダンジョンなの?
周囲を見ると、数十人のゴブリン達が四方八方に走り去るところだった。
まあ、ゴブリンの国内にある迷宮だし……
周囲にゴブリンはいるよね、街中に転移するよりはマシだったと思うけど。
「ゴブリンの秘密の迷宮はねェ~、ゴブリン達はレンナ・イ穴って呼んでるよ~」
穴。ゴブリンらしいわねぇ?
どう見ても小屋じゃん?ほんと、バ可愛いわね。
パンジーは女の子だからか、攻撃的性格ではないようでピッタリと私にくっついてくる。
やだ、こんな可愛い子、前衛には出せないわ。
──やはり私がタンクになるしかないのか。
このメンバーですもの──どうせこうなると思ってたわ。
幼稚園の先生みたいなものよ。
私はため息を付き、入るのを踏ん張って拒否するパンジーちゃんを抱えたまま、扉を開けた。
高所から落ちるような、一瞬の浮揚感。
小屋に入った瞬間、転移したようだ。
幸い、はぐれることは無いようで、みんな揃ってのスタート。
パンジーちゃんは震えている。
「ねえ、パンジーちゃんってこういうの苦手な子なんじゃない……?」
「一番おとなしいの貸してって言った!」
「バカなの?ダンジョンなんだから一番獰猛な子がいいに決ま──ああ、違うのよパンジーちゃん。いいのいいの、あなたがいいのよ?可愛いわね!一緒に頑張ろうね!?そうだ、オヤツを──」
「ジューンちゃん!ダメだよォ~?オヤツは控・え・め!」
「はっ!そうだったわね?カロリーの低いオヤツってなにかしら……」
パンジーは『オヤツ』反応し、私の腕から地面に降りて、きちんとお座りをした。
どの頭も期待に満ちた顔をしている。
──これ、無視できるヒト居る──?
私はビスケットを取り出し、ちょっと考えてから、1個のビスケットを3つに割った。
3つの頭それぞれに欠片を与えた。
パンジーちゃんは機嫌を直し、警戒しながらも先に立って歩き始めた。
「キャィン!!」
パンジーちゃんが私の後ろに怯えた声を上げて、隠れた。
「スライムじゃん!パンジー……めっちゃビビリじゃん?おとなしい子って言ったのは俺だけど……なんかごめんな?」
フレスベルグは、しゃがんでパンジーに謝った。
右の頭が、優しくフレスベルグを舐めた。
──まさかの和解なのかしら?
「ああああああああ゛」
フレスベルグが、水をかぶり始めた。
「くっそ、強酸じゃねーか!!」




