大森林スタンピード②
ユーニウス、どうなってる!?
ジリジリと近寄ってわかったのは、遠目から漆黒に見えたモノは、ユーニウスの周囲を取り巻く霧のような形状だった
時折、霧は「キュイィィィ……」と微かな音と共に収束して、一拍おいて再展開。
この再展開がえげつない。
この時の霧は、地鳴りのように「ゴォォォォォォオ」、と不気味な低い音を放ち、線香花火のようにスパークする。
結果、周囲の魔物が声もなく絶命。
なにこれ!
ヤバない?
近付いたら自分も喰らいそう。
「ユーニウス!!」
振り向かない。
時折見えるユーニウスは、熾火──限界まで熱せられた炭火のような燃え上がる目、目視出来るほど青白く輝く鬣と尾。
馬体から漆黒の霧を絶え間なく噴き出している。
ユーニウスは頭で魔物を突き上げ、蹴り上げ、宙を舞わせ、踏みつけて随分暴れている様子。
────最終覚醒による魔力暴走。
私はそういう結論に達した。
【最終決断】
早く保護しないといけない!
このままでは…………
──ユーニウス自身が、爆散してしまう!
声に魔力を纏わせ大声で叫ぶ。
「ユーニウス!」
「ユーニウスー!」
振り向かないが──足は止まった。
⎯⎯⎯⎯チャンスか!?
「ユーニウス!ビスケットだよーーーー!」
ほら!大好物の執事長のビスケットだぞ!
お願い!!
お願い、こっち見て、こっち見て────!
──見た。
ユーニウスが、
私を!
周囲は魔物だらけなのに、ビスケットを振り回す私はさぞ滑稽だろう。
だが、焦ってる私は──脱走した子には食べ物!しか思い付かなかった。
こっち来て!ユーニウス、私を見て──!
ユーニウスから噴き出す霧の密度が薄まり──
ハッキリと、こっちを見た────。
夕日色だったはずの瞳はまだ、異様な煌めきをしているが。
首をこちらに向け、一歩踏み出す。
──極度に緊迫している時は、何もかもがスローモーションに見えることがある。
ユーニウスが、私の元に来るまで。
──数時間掛かったような気がする。
実際は十数秒だったんだろうけど。
霧が噴き出したままだけど、さっきの「収束ー再展開」は停止している。
──あ、後ろ足で蹴り上げた。
魔物が数m吹っ飛んでいく。
「ユーニウス、もう少しがんばるわよ。セバ爺は無事だからね」
ぷひん!
ユーニウスはビスケットを咀嚼しつつ、良いお返事をした。
付近の魔物は、団長達が追い付いてきたのでここはもう大丈夫そう。
「無事か」
「どうにかね」
団長の情報によると、スタンピードの規模は大森林の範囲から考えれば【小規模】らしい。
ただ、最終ボスはハグィエア大森林の固有種ハグィエアドラゴンらしい。
「かなり苦戦している模様。援護に行くぞ」
私とユーニウス第三騎士団はハグィエア大森林入り口付近に向かった。
もちろん魔物を処分しながらよ。
魔物の湧きは終ってる。
後は周囲の雑魚魔物と、ドラゴン。
第五騎士団は消耗が激しく、団長同士が数分話し合い、ドラゴンは第三、周辺の掃討は第五、と決まったようだ。
相当第五騎士団が頑張ったのだろう、ドラゴンは片眼を失い、後ろ足も負傷して大幅に機動力も下がっている。
──だが、ちょっとだけ大きい。
頭の位置が6mくらいの高さにある。
「鑑定してみたわ。魔法耐性が大きすぎるから魔法は悪手ね!属性は土多めの風の混成」
「固いやつじゃん!」
カイががっかりしたように、しょぼくれた。
「ちなみに422歳のレディみたいよ」
「歳かんけーねえんだわ……」
「まあ、見てなさいよ。すぐ終わらせてあげる。エルフの流儀は一撃必殺よ」
私とカイからドラゴンへの距離およそ40m。
団長は回り込んで後ろ足の付近にいる。
「ユーニウス、あなたもう一走りできるかしら?」
ユーニウスは嘶き、前足をかいて「俺はやるぜ!俺はやるぜ!」モードだ。
裸馬だけど、私には関係ない。
ユーニウスに騎乗し、私は魔剣ベルシュナ・ヴァリの物質保護魔法を強化した。
魔剣に魔力を。
ベルシュナ・ヴァリの刀身が徐々に輝き出す。
最初は仄かに、そして真夏の太陽のように。
魔剣は持ち手を震わせ、限界間近を知らせる。
「いくわよー、ユーニウス!」
私はドラゴンの頭上1m、左側を掠めるルートで、氷の道を展開した。
ミシミシ……バリバリと音を立て、蒼い氷がドラゴンへ伸びていく。
ユーニウスの鬣を左手で掴み、腹をトン、と蹴る。
ユーニウスは、臆しもせずに蒼い道を駆け出した。
後少し、後少し──。
私は自身にも浮遊魔法をかけ、身体を捻ってユーニウスから離脱。
目指すはドラゴンの頸椎。
振りかぶった魔剣ベルシュナ・ヴァリのインパクトの瞬間、重力魔法を乗せ───。
「422歳なんて小娘なのよ!」
実にスマートに、一撃必殺で。
静かに、ドラゴンの首を落とした。




