辺境
今日、私とミシュティはユーニウスを連れて辺境の家に来ていた。
転移は転移先の情報がないと、リスクが高いのでこの家にも来て貰った次第。
あとはミシュティがユーニウスを見られない時に、セバ爺ヘお願いしなきゃいけない場合を想定しての、顔合わせだ。
ミシュティは、メアリが縫ったアラクネ布地エプロン5枚を、大事そうにナデナデしている。
手触りいいもんねぇ、アラクネのは。
セバ爺に挨拶して、顔合わせも済んだところでユーニウスはセバ爺の厩舎へ。
ミシュティは辺境の家のメイド部屋を飾りたてるのに夢中だ。
家はピカピカにしてくれたから、文句はない。
魔法でも綺麗になるけど、水拭きするとどうしてこんなにスッキリ感があるのか。
やはり魔法は便利だけれど、完璧では無いのねぇ……。
ミシュティは素晴らしいメイドだ。
家事はパーフェクト。
ちょっと人見知りっぽくはあるけれど、そもそも私の家には来客が少ないので問題はない。
私はこの世界に来て結構経ってるから、メイドを雇ったのはミシュティが初めてではない。
自分の経験上って事もあるけれど、私とミシュティは主従関係であって、友達ではない。
このライン、私にとっては大事な部分。
妙に親しげだったり、フレンドリーな使用人は要らないのよ。
仕事とそうじゃない部分が、曖昧になる関係は良くない。
これは主人側の態度次第。
主人に敬語を使わず、気安く振る舞う事を【許す】のは、自分が公私混同しちゃうヒトだって周囲に言っているようなものだ。
なので、転移者の「敬語は使うな」とか「気安く振る舞え」とか、ちょっとなぁって毎回見てて思うのよ。
どうしてそうなるか、痛いほどわかるだけに。
何かあったら罰せられるのは使用人。
自分が【使用人を適切に使えない愚か者】な事を周知してしまうリスク。
使用人が【主人に馴れ馴れしい】と周囲から評価され、批判を受けるリスクがあるのよ。
使用人を守るためにも、主従関係は明確にするべき。
日本人的な考えがまだ強かった頃、私もそういう愚かな主人だった事があるの。
そのメイドは、調子にのってしまい結局職を失うことになった。
でも、そうなるまで気が付かなかった私の責任でもある。
そうなってから後悔しても、付いたレッテルって剥がせないのよ。
もちろん路頭に迷わないよう、手は回したけど、彼女の使用人としての働き口は閉ざされちゃったってわけ。
そんなわけで、私は食事をミシュティとは取らないの。
外出先では一緒だけどね。
でも高評価はしてる。
ミシュティは、家事に加えてタマゴサンドもとても美味しく作ってくれるし、猫だし。
午後になり、ミシュティにお茶を入れてもらってた時。
────カチャカチャカチャ…………
茶器が音を立て出した。
微かな地鳴り。
ミシュティを見ると、毛が逆立って膨らんでいる。
「ジューン様、これは──」
「様子がおかしいわ、なにかあるとしたら」
ハグイェア大森林────
ミシュティには、さほど戦闘能力はない。
「ミシュティ、殿下と有事は前線に出る約定があるの。だから私は様子を見に行くけど」
「もし、有事であれば……私、後方支援ではお役に立てます。危険があれば転移で逃げられますから」
有能なメイド+勇敢、かつ戦略的撤退も出来る頭のいいケット・シーじゃないの。
ミシュティは革製のズボン、厚手のシャツにエプロン。
「何も無ければ、そのまま戻るけど。もしなにか起きてたら、ミシュティは後方支援、一般人の誘導よ。誘導場所は昨日行った領主の屋敷前の公園」
「はい、ジューン様」
「いい?自分の安全優先よ。危険だったら無理に助けず、逃げて。これはお願いじゃないわよ、命令だから」
「ちゃんと逃げますわ、ジューン様」
私はいつもの鎧を装備して、ポシェットにポーション類や手当て用のアイテムを詰め込んだミシュティと、商店街の拠点に転移した。
「あ───」
商店街は、魔物だらけだった。
「ミシュティ、この拠点には相当強い障壁が張ってあるの。この辺りの魔物が減って、安全になるまで出ない。いいわね?」
「はい」
私は扉を開け、魔剣ベルシュナ・ヴァリを抜き放った。
この美しい剣は、いつも私と共にある。
何しろ、私の髪の毛を媒体にして打った剣だからね。
これ以上、信頼できる武器は無いって断言してもいい。
私の為の、私だけの魔剣なのよ。
──そこまで数は多くないかな。
おそらくハグイェア大森林のスタンピード。
まだこっちまで到達しきってない。
ここに到達した魔物はスピード特化型だ。
そこまで手を焼く強敵ではない。
私は近くに来る魔物を斬り飛ばしつつ、状況を
確認。
建物が多いので、魔法は使いにくい。
魔物の影になってて、私から見えないニンゲンを殺しちゃったら本末転倒だ。
第3騎士団、街の自警団、冒険者──
実はスタンピードって、魔物よりニンゲンの方が騒がしい……そんなことを考えつつ、私はカイと団長に合流した。




