ジョンの和風居酒屋で
「かんぱーいっ」
グラスが勢いよく合わされ、割れた。
「ちょっとフレスベルグ……力加減がおかしいわよ」
日中は人気カフェの店舗を夜間だけ借り上げているジョンの和風居酒屋での打ち上げは、飛び散ったグラスの掃除から始まった。
「大丈夫、もしかしたらグラスの方が良くなかったかもしれません」
ジョンは手際よく魔法で欠片を処理し、テーブルを拭き上げた。
カウンターメインの店ではあるが、二つあるテーブル席をくっつけての宴会である。
アマネだけは炭酸飲料。
他のメンバーは酒である。
ベイリウスは家庭の事情でダンジョンから直帰したので不参加である。
「おおお!? これは豚の角煮っ!」
一番ハイテンションなのはフレスベルグである。
きっと彼なりにダンジョン引率は気苦労が多かったのだろう。
「柔らかーい」
「ありがとう、昨日手紙をもらってからすぐ仕込み始めたんです。たくさんあるのでどんどん召し上がってください」
ジョンはジョンで確実に普段より売り上げが上がる貸し切りパーティーにご機嫌だ。
無理を言ったのに受け入れてくれてよかった。
魔界の居酒屋でも良かったけれど、以前からレスターとフレスベルグがこの店に来たがっていたし、アマネも日本食が出るこの店に来たかったようだった。
「僕はやっぱり唐揚げ」
「あ、坊っちゃんはもうお米食べるかい?」
「食べる! 大盛りでー」
所狭しと並んだ料理は恐るべき早さで消えていく。
私は自分の目の前に置かれたタマゴサラダを、そっとフレスベルグから遠ざけた。
ミシュティは甘いカクテル専門で、ちょこちょこと摘みながら空いた皿をカウンターへと持っていっている。
レスターと私は乾杯のラガーの後は米酒。
フレスベルグはそのまま続けてキンキンに冷えたラガーを飲んでいる。
「あ、ピクルス美味いなこれ」
「ジョンはダンジョン暮らしが長かったから、野菜料理上手よね」
ジョンは手を止め、頷いた。
そして哀愁漂う顔で呟いた。
「はい。でも塩も酢も無かったので、戻ってからピクルスにハマっちゃって……」
「あー、調味料無いのはきっついよな。聞いたか、アマネ。このジョンは前に話したゴブリンのダンジョンに閉じ込められてて──」
フレスベルグは浮かれたまま、ラガーのお代わりを注文した。
レスターはすごく食べる人だが、本腰入れて飲むときはあまり食べない。
わざわざジョンが仕入れたと見える魔葵貝の珍味をつまみに、徳利から手を離さない。
「王都近くの酒蔵のものでして、火入れ前の生酒が手に入ったので……」
ジョンの説明に、レスターは目を細めて頷いた。
「美味い」
確かにフルーティでとても爽やかな米酒だった。
やや甘いのも、今日はとても美味しく感じる。
「あ、坊っちゃん。カレーライスどうだい? 甘口だけど」
「食べる! 大盛りでー」
今日は全員王都の屋敷に宿泊である。
すでに屋敷にいるホムンクルスのヴェラには連絡してあるので、客室の支度は整っているはず。
一旦スッキリしたテーブルには、再び大皿が運ばれてきた。
「おお、焼き鳥」
「焼き場はないんで焼き鳥屋から仕入れただけですが。こっちは塩、青い皿のほうがタレで──」
私の好きなキノコの塩焼きも運ばれてきたので、確保する。
欲しいものはさっさと取りに行かないと食べられなくなる──まるで戦場のようである。
「あ、そうだ。ジョン、これローランの凍酒」
「ありがとうジューン。この酒気になってたんだよね。米酒より高いから店に置くか迷ってて」
「お土産だから存分に試したらいいわ」
ジョンは嬉しそうに凍酒を抱え、カウンターの奥へと消えていった。
(それにしても料理がなくなるスピードが落ちないのがすごい……)
坊っちゃんことアマネはカレーライスを食べ終わり、焼き鳥に手を出し始めている。
料理は八割方フレスベルグとアマネに吸い込まれていっている。
アビスブリンガー・ラグナロクは休息モードらしく、アマネの肩の上で目を閉じ丸まっている。
だが尻尾がゆらゆらしているので、油断しているわけではなさそうだ。
私は目の前で騒ぐフレスベルグを見ながら、この人が精密なホムンクルスを作ったとは信じられない気持ちになり、笑いが止まらなくなった。
「俺もカレーライス食べる」
「僕もー」
「あと五分待って! 炊き上がるから──」
ジョンだけがバタバタと走り回り、忙しそうである。




