ヒトモドキ
数日後、私たちは五十層まで到達した。
「うわ、なにあれ!」
アマネが後ずさりながらも剣を構えた。
最初は先手を取られていたが、ここ最近は遠くから先に魔物を発見出来るようになっている。
子供の成長とは素晴らしいものだ。
アビスブリンガー・ラグナロクは索敵はしているようだが、アマネに知らせることはなかった。
なので、アマネの判断力が上がってきているのは間違いない。
「ヒトモドキね」
「人間?」
「まだ気づかれていない場合、鑑定をかけてみるのもアリよ」
レスターがアマネを引き寄せ、肩を叩いた。
「忘れるなよ、鑑定は魔力で体内スキャンをするようなものだ。ほぼ絶対と言っていいくらい、離れていても先方に気が付かれる」
『ボクモ、キガツイテルー』
「……なら、逃げられる準備が出来ていないと危ないんだね。敵が遠距離攻撃とか転移できるやつだったら困るし」
「正解だ」
アマネは周囲を先に調べることにしたようだ。
ミシュティは少し離れたところから、静かに見守っている。
前衛に位置しているのはアマネ、フレスベルグ、レスター。
戦闘指南は専らその二人が担当している。
ティティは私の肩の上で休憩しており、楽しそうにずっと喋っている。
「すごいねェ〜、楽しそう」
「あら、戦いたいの?」
「うーん、びみょー? 私攻撃魔法あんまり得意じゃないし〜」
「剣を持ったところで、体格差がね」
「そうそう〜」
ずっと動き続けているトンボのような複数の薄羽は、私の耳に触れそうなくらい近いのに音が聞こえてこない。
妖精の羽とは不思議なものである。
「──戦闘直前、または戦闘中に鑑定をかけるメリットは今はあまりない」
フレスベルグがアマネに話し掛けている。
「そうなの?」
「龍がいたとして、パッと鑑定して雷属性だと分かったとして……今のアマネだと、物理以外でどうやって倒せばいいかわからないだろ?」
「うん」
「龍の身体や雷属性について知っていれば、選択肢は増えるじゃん?」
「うん」
「つまり、鑑定結果を利用するには──自分自身の経験と知識が物をいう。その域に達すれば、戦闘中の鑑定は真価を発揮する」
アマネは歩くペースを落とし、頷いた。
「ああそっか。知らないと、聞いてもどうしたらいいかわかんないもんね」
ティティは小さな笑い声をあげ、囁いた。
「ジューンちゃんはさァ~」
「なあに」
「雷龍を雷で倒しそう!」
「焦げたら素材は台無しじゃないの。やるなら氷か水がいいわ」
「土魔法が特効なんじゃないのォ?」
「そうだけど、素材洗浄が面倒じゃないの」
「無駄を省くスタイル?」
「そうね。あ、ヒトモドキと接敵したわよ」
前方に現れたのは三体。
しっかり隊列を組んでいる。
粘菌のくせに、知能があるとはこれ如何に。
アマネは先ほどまでの勢いはどこへやら、防戦一方だ。
(やっぱり……人型は嫌よねぇ)
こういう場合、怒号や指示が飛ぶものだけれど……前衛三人はとても静かだ。
アマネだけはいっぱいいっぱいで、声も出ない様子。
フレスベルグとレスターは見守りながら本当に危険な攻撃だけは弾いている。
(さすがに三体同時はまだ荷が重そう。でも一体ならもう充分倒せる地力はあるはず)
「あ、アマ君……鑑定入れたねェ? 器用な子だァ〜」
戦闘中に鑑定を飛ばすのはなかなか難しい技術なのだが、防戦しながらも魔法構築を行えるとは。
私はアマネの評価を一段階上げて、興味深く見守った。
「龍人は戦闘民族ですからね」
ベイリウスが感心したように呟いた。
「ベイちゃんはァ〜、涅槃岳の固有植物採集に来たんでしょ〜」
「ええ。変わったものがあれば薬草園に加えたくて」
「さっきあった笑い苔はァ?」
アマネがふっ飛ばされた。
だが、すぐに起き上がり戦闘に戻っていく。
「大したものだ。……ああ、笑い苔は薬効がないのでパスです」
ミシュティがものすごい顔で前線ににじり寄っていたが、途中でハッとして下がった。
彼女はアマネをとても可愛がっているので、気が気じゃないのだろう。
「ブフっ、見た? ミシュティのあの顔」
「見たァ〜。あれ、ヒトモドキにおこだよねェ?」
後ろからもヒトモドキが来たので、そっと消し炭にしておく。
「わーお、跡形もなくゥ〜」
「炭化したヒトモドキ……肥料になるかな? ちょっと採集してきます」
ベイリウスが足取り軽く、最後尾に下がっていった。
前方ではアマネがとうとうヒトモドキの腕を斬り飛ばしている。
(幸いなのは、ヒトモドキには体液がないことよ)
「あら」
アマネの魔力が圧縮されていく。
魔法で倒すことにしたのだろうか。
剣の先から一瞬火花が散り、轟音と共に炎の渦がヒトモドキへと伸びていく。
「あらまあ」
ヒトモドキは三体とも消し炭になった。
その場に座り込んだアマネは、剣を取り落としたがケガはなさそうだ。
ミシュティとベイリウスがいそいそと前方の消し炭を回収しに行った。
どうやら肥料に使えると判断したようだ。
ミシュティとベイリウスは、一緒にマンドラゴラの改良をしているくらい仲がいい。
共通の趣味を持つ仲間といったところか。
「おいおい、ダンジョンで火魔法は危ないぞー」
フレスベルグのちょっと呆れた声が、フロアに響いた。




