◆物件探し
そうそう。
私は日本で生活してた記憶はしっかりとあるけれど、いわゆる神隠しにあって転移してきた者ではない。
この世界では稀に【親】を持たず、自然発生する種族がいる。
実に不思議な現象だが──私の知る限りではエルフと魔族にそういう事が起きた記録がある。
──私は珍しい方の自然発生型で。
気が付いたらもうこの世界に成人したエルフとして存在していたので、何がどうなって転生したのか…今でも全くわかっていない。
ちなみに日本で未練があったわけでもない。
病弱でも無かったし、不幸でもなかったし
もちろんトラックに轢かれたりもしていない。
神様にも会ってないしね……。
そもそも宗教はあっても神が具現したとか、お告げみたいなコミュニケーション取ってきたりとか──超常現象でそういうことが起きたのは見聞きしたことがない。
説明がつく『神』なら知ってるけど。
私は──たまたまエルフの集落近くで発生したので、すぐにエルフに保護された。
保護というよりは……なんか発生してたわ~って感じの軽いノリだったけどね。
日本での名前はちょっと世界観に合わなさそうだったので、違う名前にした。
フミコって名前も嫌いじゃなかったけど。
デザートに揚げ菓子を買って、のんびり食べながらどう動くのが一番楽かな、と考えているうちに入国管理所の近くまで戻って来てしまった。
転生とか転移してきた人って、エルフは野菜や果物が好きって印象持ってることが多いんだけど、こっちのエルフはなんでも食べる。
私が知ってるエルフはみんな肉しか食べない人ばかりだった。
私もお肉大好きエルフだから、昼食は肉にしようと思う。
ちょっと立ち止まってどっちに行くべきか迷ったが、私は何も悪いことしてないし……
違反もしていないので予定通り不動産屋に行くことにした。
物陰で姿を元に戻し、堂々と不動産屋のドアに掛かった鈴をシャンシャンと鳴らして
中に押し入……いえ、上品に室内に入ることにした。
物凄く丁重に、個室に案内された。
シンプルだが質のいいソファーテーブル。
──印象は悪くない。
「お話はうかがっております」
と、お茶を持ってきた熊が言った。
モッコモコの大きな熊だ。
ビシッとしたスーツを着ているが、絶対裸の方が可愛いだろう。
「初めまして、エルフのお嬢さん。
私、ゼライと申します」
熊獣人を見るのは始めてだが、声から判断すると成人している男性で間違いなさそう。
実に可愛い……獣人って年齢も性別もちょっとわかりにくいのがまた良いのよね。
あかんぼ時代から年寄まで総じて可愛いのが物凄くイイ。
ここもイメージ違うと思うのだけれど、この世界の獣人に人間要素は無い。
このゼライさんも──見た目は二足歩行で歩けるよう進化している熊だ。
もちろん知性や発声器官は人間と遜色無いし、体型も人間に寄ってはいるし、大きさも常軌を逸したサイズ感ではないので、地球の動物とは全く違う生き物だ。
猫耳娘みたいな……人間に一部だけ動物の特徴があるような事には絶対ならない。
耳や尻尾が性感帯とか、そういう設定もないし語尾に「ニャ」とかつける獣人も見たこと無いわよ。
例外的にケンタウルスとか人魚は上半身だけ人間だったりするけど。
ゼライさんの手は熊と人間の手の中間くらいの形状で、物も器用に扱っている。
音を立てず目の前に置かれたお茶は、まだ熱々の美味しい物だった。
「カイから事情は聞いております、物件購入をお探しで、と言うことですね……」
と言ってもご紹介できるのは一軒だけなんですけどね……
と申し訳なさそうにゼライさんは言った。
「いいの、一軒でも無いよりずっといいもの」
だってエルフだよ?
物件紹介して貰えたのも奇跡じゃない?
ありがたいと思うべき、と私は思う。
【感謝を知らず恩を仇で返すエルフ】とは思われたくない。
エルフについての格言は沢山あるけれど、お察しの通り悪いものばかりだから。
先人達は人間に何をやらかしちゃったんだか。
私を怖がる素振りを見せないゼライさんだったが、物件についての書類の束を取り出した手はちょっと震えていた。
怖がらなくていいって……。
人間の女性の平均サイズ変わらない私と、成人男性よりかなり大きいゼライさんじゃ、威圧感はゼライさんの方があると思うんだけどな。
──さて。
紹介された物件は古くて小さな一軒家。
なんと庭付き物件である。
価格も相場にしては安めだと言う。
どういうことか?と聞くと、前の持ち主が偏屈な魔法使いで……爆発や異臭が日常茶飯事だった為、近隣に誰も寄り付かなかったからだと言う。
──事故物件ってやつよね、それ。
とにかく周囲に民家がないので買い物が不便な場所にあるのと、築100年は越えた古い家屋だから、といった理由で良い物件だけど、ちょこっと安いのだと言う。
ここから歩いて20分くらいだと言う。
面白いことに単位はほぼ地球のものだ。
これは2千年か3千年ほど前に日本から転移してきた勇者ヨッシーオの影響で、当時の筆記文字と比べてとても便利だったのでそのまま採用されてきたもので世界中で広まった結果だ。
数字もアラビア数字だしね。
いけ好かない男だったが、この功績だけは素晴らしかったといってもいいかな。
街道から外れ、トコトコと歩くこと20分。
立ち並んでいた民家や店は次第に少なくなり、やがて森に差し掛かった。
「もう20分歩いたんじゃない…?」
と恐る恐る聞いてみると──
「いやあ、申し訳ないですねえ、参考数値は獣人が計測したもので。人間型の人が普通に歩いたら40分はかかるかも……?」
私は大笑いした後、不動産屋には良くあることだね!と納得した。
確かに正確ではないが嘘はついてないものね。
森に着くまで20分。
小さな森を抜けるのに早足で20分。
森から数分歩いた所がお目当ての物件だ。
人間の足だと徒歩1時間ってところ。
その家は敷地をぐるりと木の柵で囲ってあり、庭はかなり広い。
建物は重厚な煉瓦が惜しみ無く使われており、思ってたより素敵だ。
中の荷物は撤去されていて、綺麗に掃除されている。
一階部分はリビングにダイニング、広めの作業部屋、小さめの部屋。
二階部分は珍しく風呂やトイレなどのスペースと、部屋がひとつとウォークインクローゼット。
3LDKってやつだね。
思ってたよりいい物件じゃないの。
私はとてもこの家が気に入った。
買いまーす!