フレスベルグ、そして王族の噂
王都に戻った私は、エイプリルとして出掛ける事にした。
アニスさんの店と南門まで5分くらいの距離なので、今日は南門周辺をうろうろする予定だ。
あちらこちら覗いて回り、大きなカフェを見つけたのでパンケーキとアイスティーを注文。
高額なお店ではないので、若い女の子がいっぱい午後のティータイムを楽しんでいる。
天気も良かったし、うだるような暑さも無かったのでテラス席を選んでパンケーキを楽しんだ。
ふんわり焼かれたパンケーキはクリームとフルーツがいっぱい。
優しい甘さのハーモニーだ。
アイスティーも上手に淹れてあって、柑橘系の香り付けがされていて香りも良い。
特に名前は無いようだけど、風味はアールグレイに近いかな。
私はティータイムを堪能しつつ、フレスベルグの今後の行動について対策を練る事にした。
フレスベルグは400年前にメア大陸で自然発生した魔族だ。
エルフが自然発生したのは3人だけで、生きてるのはもう私だけだけど魔族はもっと発生数が多い。
カルミラもそうだしね。
ただ魔族は脅威を排除する為なのか、そういう風習なのか自然発生した魔族は発見次第殺されちゃうのが殆どらしい。
いくら先天的に強くても、世界に慣れない内に襲われたらどうしようもない。
カルミラは運良く生き残った稀有な例だ。
フレスベルグも発生直後に偶然彼女が近くに居たので保護された運の良い例だった。
フレスベルグは当時10歳くらいの幼い姿で現れ、中身も15歳前後の子供だった為、随分とカルミラは手を焼いたみたい。
カルミラは結局ネモに助けを求め、フレスベルグはカルミラとネモに魔界で育てられた。
つまりアレだ、私から見たらまだまだお子ちゃま。
300年くらい前にイヴォーグで起きた大規模な戦争で、冒険者としてギルドに登録していたフレスベルグと私はそれぞれ別の陣営に雇われていた為、初対面は敵としてだった。
結局一騎討ちになり、私がフレスベルグを叩きのめして首を落とそうとした時に過保護なカルミラとネモが現れて、両軍とも全滅させちゃったので、その時の戦いは有耶無耶になった。
結局仕切り直しで戦争は続き、ヒト同士の決着はついたのだけど。
カルミラとネモがフレスベルグはまだ100歳にもなってない子供だから許してやれと言うものだから、私が引いた形だ。
フレスベルグはネモにみっちり叱られ、エルフのジューンは戦ってはいけない相手だと認識したらしく、殺さないでくれてありがとうと菓子折りを持って挨拶にきたのだが……。
フレスベルグはお気楽気質らしく、喉元過ぎれば…ってタイプだった。
その後何事も無かったのごとく、シレっと友達みたいな顔をしている。
私は温厚なエルフなので、一々目くじら立てたりはしないけどね。
前世も同郷であるようだし。
最近は手のひらサイズの妖精ティティと良く遊んでるらしい。
魔王組合のメンバーであるティティも500歳くらいの若い個体なので、気が合うようだ。
……パンケーキはあっという間に無くなり、おかわりをするか思案していたところに。
「お姉さん美人だねぇ!どの辺りの出身なの?」
向かいの席に不躾にも座って来た男がいた。
フランツだ。
あ、俺コーヒー。こちらには同じ飲み物追加で!
フランツは慣れた様子で勝手に注文し始めた。
「初めましてだよね?俺、フランツ!お姉さんの名前はー?」
何という白々しさ。
私は吹き出しそうになり、慌てて顔面を引き締めた。
「エイプリルよ、ナンパかしら。それとも新手の押し売り?」
「うーん、ナンパかな!美人を見たら声かけないのは失礼でしょ」
どういうつもりなんだろう。
周囲の若い女の子達は聞き耳を立てている様子。
考えようによっては悪いシチュエーションではない。
エイプリルとフランツの出会いはナンパだった、という名目が立つ。
「あら、お褒めいただいてありがとう」
私はニッコリ微笑み返した。
フランツは癖のある黒髪をかき上げ、鮮やかな青い瞳でエイプリルを見ている。
「俺、近所の雑貨屋で働いててさー、今日は休みなんだよね」
彼はとても話し上手で聞き上手だった。
話題も豊富で"女の子"を飽きさせない。
当たり障りの無い雑談が続き、話題は王族についての噂話になった。
この話は良い情報として覚えておいた方が良いかもしれない。
「そろそろ王妃様の誕生日だからさ、結構忙しいんだよねー」
フランツの話によると、王妃様は30代になったばかりで大変な美女らしい。
「ふうん?国王陛下はもう60近いんじゃなかったかしら」
「ああ、そこ気になる?30年くらい前にさー、北にあった魔法大国のローランって国とアルシアが合併ってかアルシアが吸収したんだけどさ」
フランツは到着したコーヒーで一息ついた。
「そのローラン側の条件が王女とアルシア国王の婚姻と、その血筋に王位を継がせるって感じで……」
「良くある話ね」
「でしょ?で、当時4歳か5歳だった王女が王妃としてアルシアに嫁いで来たってわけよ。陛下は20代後半だったはず!」
「へぇー、政略結婚って中々凄いわね」
「で、陛下はご学友であった公爵令嬢を側妃にして、王女様の従姉で侍女として着いてきたローランの伯爵令嬢を第3側妃にしたわけ」
「な、なんか複雑ね?」
「伯爵令嬢は今は繰り上がって第2側妃なんだけどさ、最初にいた第2側妃が事故死されちゃって」
「急にキナ臭くなったわね」
フランツは声をひそめて続きを教えてくれた。
「亡くなった側妃様はさ、身分は正妃になるには足りなかったけど、陛下の幼馴染みの令嬢でさ…陛下の寵愛はこの方にあったんだけどね、ローランとの兼ね合いもあって側妃って事でお互いに10代で成婚されてたわけだよ」
「つまり正妃は空席のままだったってこと?」
「そそ。で、その寵妃様との間に、1、2番目の双子の王子様と4番目の王子様、王女様が居たのさ。その後に今の第2側妃様が3人目と5人目、6人目の王子様を出産されて第1側妃様が7番目の王子様を出産された」
「子沢山ねぇ」
「陛下は一人っ子だったからね!子供はいっぱいいた方が良かったんじゃね?まあ、そうこうしてる内にようやく王妃様が成人されて、2番目の王女様と8番目の王子様をってわけだよ」
「あー、だから王太子殿下がまだお若いってことなのね。納得したわ」
「だけど、10年くらい前に寵妃様とその王子様、王女様と……側妃様の方の第7王子殿下、第3王子殿下とその婚約者だった侯爵令嬢が事故に巻き込まれてね」
「人物が多すぎて訳わかんないわね…」
「第3王子殿下はどうにか助かったけど、他は残念ながら……って事さ。つまり今この国の次代の王族は王子殿下が4人と、王女殿下が一人ってわけさ」
「一回聞いただけじゃ覚えられないわ」
「だろうねー、ああ、簡単に言うと第2側妃と正妃の王子しか生き残ってないってこと」
陰謀の匂いしかしないわね。
まあ、もう終わって終結した話なのかもしれないけど。




