魔道具作成
「王都のお屋敷も、ですよね?つまり王都にいく必要がある。
…エルフがノコノコ王都に行ってもすぐに受け入れ可能な宿屋が無いのはわかってらっしゃいますね」
「そうだな」
「なので、個人的な拠点が欲しいですね。
ここ、王都のお屋敷の二部屋と魔道具の首輪、団長が生きてる間の維持とメンテナンス。
これをやるのは技術と手間が掛かります」
「対価として金ではなく拠点を望むと」
団長は腕を組み、生真面目な様子で思案を巡らせているようだ。
足元のニーヴがチラリとこちらを見たと同時に、メイド長が自ら銀のワゴンを押して滑るようにテーブルまでやって来た。
彼女は優雅な所作で音もなく静かに紅茶を淹れ、菓子を並べるとススーッと下がっていった。
いい香りだ。
濃い目の水色にゴールデンリング。
完璧な紅茶だ。
口に含むとマスカットのような芳香が広がるけど、渋みもあってスッキリしている。
かなり好みのテイストだ。
「セング領の茶葉だ。気に入ったなら包ませよう」
私の様子を見て、団長は控えてた使用人に何事かを言いつけた。
ニーヴも退室する使用人にのそのそ着いていっていって、部屋は団長と私だけになった。
「さて。ご希望の拠点の件だが、王都は色々と厳しくてな。
だが、私名義のものならば融通しよう」
期限は団長が存命している間。
無償で王都の中心地にほど近い物件を提供してくれるという。
「君が今住んでいる家に比べると、かなり小さな家だが…馬小屋付きだ。
魔馬を買ったと聞いた。悪くないだろう?」
「いいですねぇ!」
「ただし、君が悪手を打てば私が失脚するというのを忘れるなよ」
はいはい、気を付けますよ。
団長と私が魔法契約を交わすと、執事が地図と鍵を持ってきた。
いつから聞いていたんだろうか。
このお屋敷のは今日やっていくとして。
王都のお屋敷は、団長が王都にいる日で良いという事になった。
魔道具は出来上がり次第届けよう。
メイドに案内されたニーヴの部屋は、大きなクッションが幾つかあるだけで家具もない。
お屋敷の規模から考えると狭いけれど、フェンリルの【巣穴】と考えるとちょうどいい広さだ。
さっそく拳大の氷核と風核をバラバラと床の上に出して、大きさや品質を揃えて5つのペアにしておく。
力加減がとても繊細で魔力も相当必要な為、これが出来るのは現在はきっと私だけ。
私は氷、風の魔核を空中に浮かべて【魔核融合】を行った。
冷却しながら、割れないギリギリの圧をかけ続ると一瞬手応えが変わる。
その瞬間に一気に高圧をかけて融合させるのだけれど、その感覚の変化は微細過ぎて見極めがとても難しいのだ。
タイミングを見誤ると砕け散ってしまう。
融合した氷風魔核は冷風を発生させ始めた。
これを5つ作って、天井の四隅中央に設置。
使用魔核が大きめだから4年はもつと思う。
内包魔力が無くなったら、同じ比率に練った魔力を同時注入すればいいだけ。
部屋はひんやりし始めている。
すぐにニーヴにちょうどいい氷点下近い温度になるはず。
一仕事終えた私は「もう帰る」と使用人に声を掛けた。
「ジューン様。こちらをお持ちくださいませ」
メイド長がススっと寄ってきて、美しいハンカチに包まれたものをくれた。
さっきの茶葉だろうな。
お礼を述べて、お屋敷を出る。
お屋敷から出るとすぐに馬車に案内され、街の中心地まで送って貰えた。
街中の拠点から家に戻り、作業部屋に入る。
ちょこちょこ使っているけど、もともとの住人はいったい何を研究していたのだろう。
微かに残る闇魔法の残滓以外何の痕跡も無い。
それだけに、ちょっと気になる。
爆発や異臭が漂う闇魔法関係の研究って、ちょっと不穏な意味合いで特殊だと思うし。
闇魔法自体は悪いイメージではないのよ。
睡眠や麻酔、リラックス効果のある魔法は大体が闇魔法の領域だからね。
そのうちゼライさんに聞いてみよう。
作業台に良さげなアイスヒドラの革を広げる。
地味な灰色をしていて、氷のように青くも白くもないけれど強い氷属性の革だ。
触れると氷のように冷たい。
この革は外側より裏側の方が属性が強いので、身体を冷やすなら裏側をフェンリルの毛皮に触れさせておけばいいだけだ。
アラクネの糸を撚って太くした物に氷魔力を注入して縫うつもり。
私は丁寧に革を切り出して、小さな孔を穿っていった。
孔に風魔核を嵌め込み、外れないよう縫い込めていって形を整える。
金具部分はミスリル銀と鉄の合金にして…と。
集中して練金していき、出来上がった金具をしっかり縫い付ければ冷風を吹き出す首輪が完成だ。
うん、素晴らしい出来だ。
ニーヴ自身の魔力である程度はサイズ調整可能だし。
実はそんなに手先が器用な方ではないので、何人かの革職人に弟子入りして500年くらいかけて技術を習得したんだよね。
数十年で出来るようになるのって才能がないと無理。
私は時間があったから、ここまでは数をこなして覚えたって感じかな。
魔道具制作の方も同じ感じで数百年かかってる。
数をこなせばある一定の水準にまではいける、頑張ればね。
天才にはどうあがいても敵わないけど。
何時間作業していたのか、ニーヴの首輪を完成させた頃には夜更けだった。
こういう時はタマゴサンドだ。
私はいつも通り時空庫からタマゴサンドを出そうと指を動かした。
タマゴサンドは無かった。
ついに食べきってしまっていたのか!
イヴォーク大陸のタマゴサンドの美味しい店で1000個くらい買い溜めてあったのに!
あれから3年くらい経ってるから無くなっても仕方ないのか…
私は絶望して床に座り込んだ。
こんなにガッカリしたのは久しぶりだ。
あの店の主人はもう引退している。
私はこの先どうすればいいんだろうか。
自分で作るか?新しい店の開拓か?
タマゴサンドがない人生は考えられないから、新規開拓しかないだろうな。
朝までずーっとなんとも物悲しい気持ちでタマゴサンドについて考え続け…
嘆き疲れた私はとりあえず、仮眠を取ることにした。




