会合①
「では、第百十七回目となる異世界研究会の会合を開始します」
今季の議長は年老いた人間だ。
前回はヒゲも生えてないくらいの若造だった。
(同一人物だろうか……)
「ああ、前回からまだ七十年しかたって無いのに招集したのは、見ての通り僕が人間だからでーす」
議長は満面の笑顔で声を張り上げた。
「百年後まで待ってたら、僕が死んじゃうんで!」
会場は笑いの渦に包まれた。
「議長は人間だったわね」
「人間って何歳まで生きるんだっけ」
「百年くらい。長生きだと百五十とか」
「前回の犬獣人の議長はそれくらい生きてたと思うー」
「そういうわけで、今回はまず僕の後任を決めてから、各々の発表やディスカッションを行いたいと思います」
後任はまだ議長をやったことがない種族から選ぶのが通例だ。
エルフは最初から除外対象種族に指定されているので、私が議長になることはない。
異世界研究会は様々な種族が参加している、比較的オープンなコミュニティだ。
総数……資料を見る限り、今年は215名。
転生者、転移者、興味がある者、誰が参加しても良いものだけれど。
添付されたグラフによると、転生者三割、転移者三割、残り四割はこの世界の人か黙秘権を行使した人になる。
私はもちろん黙秘権を行使した枠だ。
二名で一つの机が整然と並ぶ講堂。
席順はきっと相当配慮されている。
私の隣に座っているのは、エルフだ。
しかもこのエルフ、黄色を身に付けていない。
やる気に満ち溢れているわね。
私は横のエルフを眺めたあと、そっと身につけていた黄色いヒヨコ柄のバッジを時空庫にしまった。
エルフが身に付けた黄色を自ら引っ込めるのは、『やんのか?』である。
横のエルフは冷や汗を拭い始め、しばらくして小声で「敵意はありません……」と呟いた。
「なんで黄色いものをつけてこなかったの」
「え、いや、あの……昔の風習は不要だと思ってまして」
「見なさい、他のエルフはみんな黄色いものをつけてきてるじゃないの」
「…………」
「別にいいのよ、法律で決まってることじゃないし」
「はい……」
「ただ、好戦的な印象を与えるって事実だけはしっかり理解しておいたほうがいいわ」
「……」
横のエルフは納得いかないような顔をしていたが、僅かに頷いて資料をめくり始めた。
……不要な争いを避けるための年寄の考えと言われたら、そのとおりである。
黄色を引っ込められてビビリ散らかすくらいなら、素直につけたほうがいいのにね。
若いエルフって時々こういう妙なことするから、本当に面白いわ。
前の方にもエルフの席があったが、彼らは振り返って私とその隣を見て満面の笑顔で黄色のアクセサリーをしまい込んだ。
「え、やば。どうしよ」
横のエルフが焦ったように震え始めた。
(これで黄色を付けているエルフはゼロ──強化魔法を掛けておこう。後ろの席で良かった)
勘のいい周囲の種族たちは静かに移動を始めている。
エルフの黄色文化は、他種族にもよく周知されている文化だから。
大多数の人が黄色の小物を身に付け、エルフに対して敵意がないことを言外に示している。
隣のエルフは、そこに気づいたのかますます顔色が悪くなった。
(引っ込みがつかないってこともあるけど……前の方にいるエルフは出禁が解けたばっかりだし大丈夫かしらねえ)
私もこっそり席変えをするべきだろうか?
なんかあったら転移で逃げようかな。
──と、新任の議長が決まったようで、壇上に動きがあった。
「次期議長は狐獣人のホク氏に決まりました、後ほど挨拶の機会を設けます」
陽気な議長の言葉に、パチパチと拍手が鳴り響いた。
その瞬間、前の席のエルフが隣のエルフの顔を掴んでどこかに転移していった。
騒ぎにもならない見事な手際だ。
(やはり、無駄は省いたほうがスマートね)
空いた席に、前方の片割れエルフが滑り込んできた。
「誰も気が付かないの、凄いわね」
「そうね、知り合いなの?」
「ううん、全然知らない子」
私と彼女は黄色の小物を取り出し、身に付けてから微笑みあった。
「教育的指導かしら、それとも……」
私は肩を竦めた。
「さあね。でもきっと戻ってこないと思うわ」
「ええ。戻る気なら荷物があるはずだもの」
隣のエルフの持ち物は残留しているけれど、前の席には何もなかったようだ。
「えー、本年度の異世人の流入数と分布図を──」
議長の大きな声が、朗らかに響き渡った。




