交換
小さな背中が波打ち際でしゃがみ込んでいる。
ミシュティが言うには、午前中にクリムゾンヘルファイアを洗いに来たらしいのだが。
私は足元を駆け回るディーとクリムゾンヘルファイアに視線を落とした。
どちらも砂まみれだ。
「欲しい分は獲れたの」
私の声に、アマネは振り返った。
小さなバケツにはアサリが半分程度入れられている。
「うん。デストロイヤーにあげようと思って」
「ああ、魔光剛蟲の」
「死んだ貝は食べないから」
「え、そうなの? 生き餌オンリー?」
「剛蟲フードは売ってるんだけど、今日はオヤツに貝獲りに来たんだー」
なるほど、なるほど。
「今年は魔光剛蟲の対戦イベント無いみたいだけど、来年に出したいんだ」
「ああ……今年は勇者イベントがね」
魔光剛蟲は結構ペットとしては好きな人が多いと思う。
対戦とか品評会とか。
「ネモ爺ちゃんが言うには、デストロイヤーはまだ子供だって」
「ええ? すごく大きいのに?」
「うん、期待値激アツだってフレ兄が」
アマネの丸い瞳が黒曜石のように輝いている。
華奢なのは相変わらずだけれど。
「さっきフレスベルグから手紙が来て、夜にこっち来るって。夜はみんなで夕飯にしましょう」
「じゃあ僕、……龍を見たいんだけど」
「温泉に沈んでるレア物と、一緒に遊べそうな赤ちゃん龍とどっちがいい?」
「沈んでる?死んでる?」
「生きてるわ。では、まずポチから見ていきましょうか」
「ポチ」
「そうよ、いい名前でしょう!」
「…………」
なによ、その顔は。
「ポチってさぁ……犬の名前じゃないの」
「それしか思いつかなかったのよ」
「もっとカッコいい名前のほうがいいんじゃないの」
「今更よねえ」
(なによ、デストロイヤーとかクリムゾンヘルファイアだって……数百年後に悶えればいいわ)
ミシュティに貝を預け、私はアマネと一緒にポチ温泉に転移した。
「わぁ」
アマネが尻もちをついた。
「!? え、大丈夫?」
「う、うん……?」
「どうしたの? 具合悪いの?」
「ううん、電気が消えて、一瞬ついたみたいだった!」
「何が」
「ジューンの転移が。自分だと視界がぼやけてふわっと戻ってくる感じ」
「ああ、ごめんね。早すぎたのね」
視界が揺らいで、到着して視点が戻ってくるのは正常なプロセス。
アマネはまだ急速に視点が変わるような習熟度じゃないだけだ。
フレスベルグやミシュティの転移は暗くなるような感じがすると言う。
私の場合は雷鳴の合間のフラッシュみたいな感覚になったらしい。
早すぎて、バランスを保てず尻もちをついたというわけだ。
アマネは不思議そうな顔で元気よく立ち上がった。
「そうなんだ。じゃあ僕もそうなれる? 今のはすごくカッコ良かった」
「そうね、次の段階ではフレスベルグと一緒に転移した時みたく暗くなると思う」
「ジューンのは?」
「ふふん、私レベルはまだまだ先よ」
そんなことを話しながら温泉を覗き込み、ポチを呼ぶ。
私に対してだけは「聞こえないふり」をしないポチは、ゆっくりと浮上してきた。
「おお……」
アマネが小さく声を漏らす。
水面に顔を出したポチは私を見たあと、アマネを凝視した。
アマネは固まったまま、古龍と見つめ合った。
ちなみにポチの眼球サイズは一メートル以上ある。
五分……十分……ポチは身じろぎもしない。
アマネもだ。
(こんなにポチが興味を示すとは……龍人だから? うっかり噛まないよう気をつけなければ……)
「ぐぇ」
ポチは妙な鳴き声を漏らし、お湯を撒き散らして飛び立った。
巣に向かったようだ。
「大きいねえ……」
怖がってはいない様子でアマネが呟いた。
すぐにポチは戻ってきて、温泉横に降り立った。
前足から何かアマネの方に転がしてくる。
アマネは警戒もせず、足元に来たものを拾い上げた。
「なにこれ、重たい石?」
「……これは龍の気を帯びた鉱石ね。鑑定してごらんなさい」
「…………龍、隕鉄、うーん? 長い間龍の気を浴びて保存された鉄」
「あら、意外に詳しく見れるのね。世界の鉱物って図鑑があるから、今度家に送っておくわね」
「お返しに、この前拾ったかっこいい石あげよう」
アマネが取り出したのは三十センチほどの平たい黒石だ。
一筋、金色が走っていて確かにかっこいい。
ただの石だけど。
ポチは厳かに石を受け取り、目的は不明だが交換会は終わったようだ。
静かに温泉に沈んでいくポチを見ながら、アマネは手を振った。
「ねえ、なんで沈むの? 普通は頭出すんじゃない?」
「それはね、龍は呼吸するにあたって空気を必要としないからで……そうだ、龍の生態って本があるから──」
「ジューン、本ばっかり……」




