書類
「じゃあ今日の書類は、欠席だったベイリウスに渡しておいてくれる?」
「良いわよ」
会議の最後は女子会みたいな感じだった。
私は気軽にカルミラの用事を引き受けた。
(本来であれば欠席は許されないのだけれど……)
ベイリウスは、今回は特別に欠席が承認されている。
彼が既婚なのは今日の今日まで知らなかったが、奥様が早朝に出産したということで。
「幻魔族の出産ってどんなだったかしら……」
幻魔族もさほど多い種族ではないので、知り合いはいるけれど出産した知り合いがいない。
私は自分なりにまとめてある種族特性についてのノートを取り出した。
「幻魔族……についてメモしたのは一万年以上前ね。忘れてるだけかと思ってたけれど、出産についての記述はないわね」
ミシュティは用があるらしく、既にサロンから退室している。
(出産したばかりの人がいるお宅にいきなり伺うのは、大丈夫なんだろうか)
一応先触れということで、資料を届けるだけなので行ってもいいかベイリウスに確認することにした。
返事はすぐ届き、妻は暴虐の女王が大好きなので来ていただけたら喜びます……とある。
私は少し考え、一旦ひよこ島に戻り湯浴みをして清潔な衣類に着替えることにした。
「手ぶらで行くわけにはいかないわね」
だが、男児なのか女児なのかもわからない。
今回は奥様に手土産を持っていくべきだ。
出産祝いは数日中に届ければいい。
(早朝に出産……十時間は経過してると)
デジュカ大陸の有名なジュース店の、果実ゼリー詰め合わせがあるからそれにしよう。
贈答用の包装もしてあるし。
「幻魔族の赤ちゃん……見たことないわね」
帰ったら直ぐにノートに書かなければ。
私は机の上にノートを広げたまま、ベイリウスの家へと転移した。
ベイリウスの薬草園に沿うように建てられた一軒家が目的地。
髪の毛が強風であっちこっちに煽られたが、今は結べる長さじゃないので玄関前で簡単に整えた。
ベルを鳴らすと、きっちりとしたお仕着せを着たケット・シーがドアを開けてくれた。
(豹柄!? ベンガル、ベンガルだわ……)
「お待ちしておりました」
メイドが礼を取り、流れるように案内されていくとベイリウスが姿を見せた。
「やあ、ジューン。わざわざ申し訳なかったね」
「いいのよ、こちらこそ大変な時にお邪魔してしまって……」
ベイリウスは一瞬首を傾げたが、すぐに私に椅子を勧めた。
相変わらず、幻魔族なだけあって全体的に容貌が掴みにくい。
(目が疲れる……。でも幻魔族は生まれながらに認識阻害が備わってるから、こういう特性と思うしかない)
「実は、大変ではないんですよ」
「そうなの? 幻魔族のお産については無学で申し訳ないけれど」
ベイリウスは頷き、自らも腰掛けた。
メイドが紅茶を運んで来て一口いただいたあとに、ベイリウスは話し始めた。
「幻魔族の出産は外傷がないので」
「えっ、そうなの」
「皆さん驚くのですが、時が満ちると母親のお腹が光りまして」
「うんうん」
「中に入っている子の父親が手を当てて魔力を流すと、腹をすり抜けて出てきます」
「赤ちゃんが?」
ベイリウスは頷いた。
「それで終わりです」
「それって、時が満ちた時に父親がタイミング悪く傍に居なかった場合はどうなるの」
「その場合、子はちゃんと父親到着まで待っててくれるので大丈夫です。ただし……」
「ただし?」
「女性側が妊娠中に、父親が亡くなった場合は子も消滅します」
「!」
「出産が軽微なストレスであるのは良いのですが、そこまでの条件は中々厳しいんです」
「人型としては、すごく特殊な感じね……」
「そもそも妊娠自体が稀ですしね。産まれてしまえば父親の有無は関係ありませんし」
「なるほど……」
ちなみに奥様はステップを踏みながら登場し、握手をした後に赤ちゃんを見せてくれた。
「性別はまだわからないんです、半年くらい経たないと定まらなくって……」
「新生児は特に認識阻害作用が強くて」
「へぇ……そうなのね」
幻魔族、奥が深いわ……。
帰ったら絶対メモしないとだ。
「あ、そうだ。さっき案内役を務めたメイドは、ミシュティの紹介で来た子なんですよ」
「ミシュティが」
「家政学校の後輩だそうで……去年の秋に新卒で雇いましたが有能で助かってます」
(あの家政学校を、生きて卒業出来た強者……)




