生首
「…………」
ミシュティが数時間不在だったひよこ島の屋敷前には、ディーの職人めいた仕事の痕跡があった。
(小さい犬の掘る深さじゃないわ……)
三メートルほどの深さに掘られた穴。
ミシュティが綺麗にお手入れしていた花壇は掘りやすかったのだろう。
気配をたどってみると、ディーは魔馬たちと北の海岸で走り回っている様子。
マカロンちゃんは巣にいるようだし、ポチも温泉に沈んでいる。
ソフィーはマカロンちゃんと一緒にいるようだ。
「この穴、どうしよう」
ディーは何かを埋めたいのかもしれない。
だとしたら、私が埋め立てたら傷つくかもしれない。
ミシュティが戻るまで、穴はそのままにしておこう。
私は飛び散った黒い土を踏まないよう、慎重にルートを取って玄関までたどり着いた。
室内は整頓されており、快適そのもの。
犬の毛一本も落ちてない。
「ああ、アマンダに報告の手紙を出しておかないとだわ」
ちなみにフレスベルグには、私がヴェラに変化した顔を見せれば良いようだけれど。
声だけはやっぱり聞いておきたいらしいから、日時の打診もしておこう。
そういうわけで私室に入り、手紙を書き始める。
机に置いたままになっていたアマネからのお土産のペンを手に取り、使ってみることにした。
暗い紺色に銀色が星のように散っている、素敵な魔法ペンだ。
「ふうん、書き心地がいい。フレスベルグよりセンスあるわ」
そのペンは紙に引っかかることもなく、滑らかに文字を書いていく。
子供からのお土産って考えたら、随分高い買い物だったのかもしれない。
(でも……自分で予算を組んで買うのって楽しいし、必ず通る道だからやらせたほうがいいのよね)
この世界に来た経緯を考えたら、つい過保護になりそうになってしまうけれど。
あの子はあの子で居場所が出来てるし、ありがたく受け取っておきましょう。
微かな揺れを感じて、リビングに行ってみると犬の出入り口から妙な音がしている。
外から回って見てみると、ディーがどうにかして戦利品を室内に持ち込もうとしていた。
「ちょっとちょっと!」
ディーが振り回しているのは、自分よりかなり大きいヒドラの頭だった。
正確に言うと、マカロンちゃんの右から三番目の。
冬眠の間におかしくしたのか、ポチに投げ落とされた時に傷めたのかわからないが──マカロンちゃんの右から三番目の首はずいぶんと調子が良くなさそうだった。
ディーが持っているということは、マカロンちゃんが古い首は捨てて新しい首にすることを決めたから進呈したものと思われる。
「ねえ、さすがにヒドラの生首は持ち込むのやめてもらえる?遊ぶなら外で……」
当のマカロンちゃんは涼しい顔でこちらに向かってきている。
首は根元から新しいものが形成されているが、まだ小さい。
(と言うことは、まさについさっき落ちた首……よね?)
けれど、ディーがブンブン振り回しているのは頭。
二メートル近い首部分はどこに……?
「あの穴!」
見に行ってみると、首部分が放り込まれて雑に土が掛かっている。
どうする気なんだろう。
保存食?
「…………首が食べたいなら、ミシュティにお料理してもらいましょう、ね? こんな玄関前に生首を埋めないで欲しいのよ」
今日ほどミシュティに早く帰ってきて欲しいと切実に思った日は無いと言ってもいい。
私は出入り口より大きなヒドラの頭を何が何でも運び込むと決めたらしいディーを見て、途方に暮れた。
(そろそろ帰ってくる頃ではある……再生に良さそうな植物性のものは……と)
仕方がないので、私はマカロンちゃんにアーモンドやピーナッツを食べさせながら救世主の帰りを一日千秋の思いで待つことにした。
ふわりと夕暮れに紛れてミシュティが現れた時、ディーは泥やら血液やらで酷い有様だった。
機嫌良く振られる尻尾だけが、ぴるぴると風に揺れている。
「ただいまもど──まあ! ディー……」
ミシュティはディーだけは敬称なしなのね。
実家から来た犬だからだろうか。
ユーニウスとペルルもそのまま呼んでいるけれど、基準がいまいちわからないわ。
「マカロンちゃんの頭……ディー、他はどうしたんです?」
「花壇に埋まってる」
「ええっ!」
ミシュティがあたふたと花壇に駆け寄り、がっくりと崩れ落ちた。
「先週植え替えたばかりでしたのにぃ!」




