船旅②
「アルシアからフェリカに行った時は節約して雑魚寝のチケットだったんだ」
備えつけのシャワーを浴び、真っ白な毛皮のブラッシングを終えた三兎のリーダーが機嫌良く話し始める。
もう二人はすでに船酔いでベッドでダウンしている。
私は前回の船旅で船酔いで吐いた覚えがあったので、今回はしっかり酔い止めを飲んでいるから平気。
リーダーは船酔いしないタイプのようだ。
「雑魚寝はやめたほうがいいとは聞きますね……懐に余裕があれば」
私の言葉にリーダーは深く頷いた。
「スリや置き引きが多いからねえ。荷物少ない人は良いけどね」
「そうですね、鞄一つが一番です。と言っても着替えくらいしか入ってませんけれど」
「盗むやつは中身知らないし、服だって売れるから。ひったくりには充分気をつけな」
「はい」
『ヴェラ』としての私は世間知らずの若い娘。
冒険者のアドバイスは真剣に聞く。
「それでも今年はまだいいよ、去年まで航路にクラーケンが出ることがあって」
「え、クラーケン……」
(聞き覚えがありすぎる……)
「そう、クラーケン。そのせいで欠航が多かったし、料金も高かった」
「そ、そうなんですね……」
「アタシらはアルシアの北の方が拠点なんだけど」
リーダーは毛皮に香油を馴染ませながら、機嫌良く話しを続ける。
ミントオイル……獣人には必須の虫除け美容品だ。
リーダーの香油はミントの香りにオレンジ、マグノリアが僅かに混ざっているようだ。
こだわりのない人はそのまま使っているけれど、女性はちょっとアレンジしていることが多い。
どちらにせよ、鼻がいい者が多いので濃くはない。
「いい香りですね」
「ああ、これかい? アタシらはどうしても必要だからねえ。獣人同士なら使ってみる?って言うところだけど……」
リーダーは小瓶を摘んでゆらゆらと振った。
「人間は直接肌に塗ることになるから、このまま使うとダメだよ」
「そうですね、使ってるオイルが違うと聞いたことはあります」
「うんうん、共用出来るのは高級品だけ。これは毛玉屋チェーンの安いやつにちょっと香料を足しただけだから」
「皆さん工夫されてるんですね」
ヴェラも安価な香水は付けて来ている。
護衛が獣人パーティなのは知っていたからね。
(犬系獣人だと、体臭を覚えられる可能性があるから……)
いい香りだけれど、別名嗅覚殺しとも言われるシュダという花を使ったものを選んだ。
念には念を入れて、である。
「獣人は人間よりお金がかかるんだよねぇ……」
リーダーは溜息をついた。
「と言うと?」
「毛皮だからさ、森に入れば人間より虫に気をつけなきゃだし……ああでも、人間は人間で刺されやすいか」
「確かに」
どっちも一長一短だ。
人間は皮膚感覚的に虫を持って帰る可能性が獣人よりは少ないけれど、刺されたりかぶれたりするリスクが高い。
「ん、でも混成パーティじゃないからウチは楽な方だよ。みんな同じ種族だからね」
「同じ種族……」
「うん、夜行種族とパーティ組んでた時はお互い大変だったよ。頑張っても種族の特性は変えられないからねー」
リーダーとのおしゃべりは夜遅くまで続き、翌朝はかなり寝坊してしまった。
朝食はパンとゆでた卵にスープで、野菜がたっぷり入っていておいしいものだった。
リーダー以外は食欲がなさそうで、持ち込んだ果物を口にしただけだ。
「うう……ベッドがあっただけ良かったけどキツイ」
「もうじきつくから我慢しな」
少しして下船の合図のベルが響き渡った。
忘れものが無いか、全員で部屋をチェックしたあと列に並んで順番に降りていく。
「短い間だったけれど、またなんかあったら三兎をよろしくね。楽しかったよ」
「こちらこそ。ありがとうございました」
港のゲートをくぐり、ミシュティと合流する。
リーダーがミシュティに依頼完了のサインをしてもらい、三兎のみんなは手を振って入国ゲートに向かって去っていく。
私は物陰で待っているセシリアとバトンタッチだ。
ミシュティは迎えということで入場チケットを購入してきたようだ。
本来なら入国ゲートの内側で迎えるものなのだけれど。
異国からの初めての奉公ということで、中まで来たということね。
周囲に見えぬよう隠蔽魔法をかけ、私が着ていた服に着替えさせて魔道具で髪と瞳の色を変えればいいだけ。
メイクは事前に済ませてきているので、掛かったのは十分程度だ。
「設定は頭に入ってるわね?」
私の言葉にセシリアは頷いた。
「名前は家名無しのヴェラ、出身はヴィランテのネーベ──」
「よろしい、では後はミシュティの指示に従って」
「はい」
入国ゲートに向かう二人を見送り、私はそのままひよこ島へ戻った。




