船旅①
『ヴェラ』の髪色はアマンダと相談の上で濃い目の紫、瞳は琥珀色に決まっている。
紫はヴィランテでは比較的多い髪色だし、琥珀色も同様。
本物のヴェラ嬢は薄い紫の髪に茶色の瞳だったそうだけれど。
(セシリアは鮮やかなピンク髪に金の瞳……日常的に髪は青い染料で染めるらしいから万が一、一瞬魔道具が外れても言い訳は立つ)
アマンダは実に用意周到だ。
確実を狙うなら、もちろんその方がいい。
アルシア国内だと、逆に紫の髪は目立つ。
そこを逆手に取った存在証明だ。
エルフは世界中に知り合いがいてもおかしくはないし、そこにヴィランテから侍女として奉公に出るのも珍しいけど不自然ではない。
「さて、宿を取るなら入港するタイミングじゃないと」
私は屋敷でヴェラとしての外見を整え、フェリカ共和国へと転移した。
手で触れそうなくらい濃い潮風に乗って、港街特有の雑多な香りがする。
私は姿を隠したまま、物陰から港を窺った。
ヴィランテからの客船は未到着。
二時間あまり遅れている。
(長距離船だから定刻というわけにはいかないか。見に来て良かった)
ようやく客が下船し始めたので、しれっと集団に加わり街へと入る。
目指す宿は平均ど真ん中の価格帯のもの。
余分なお金は無いけれど、ちょっと背伸びして自分としては良い宿を取った……という雰囲気で。
ヴィランテ風の、元は上等だったが少しくたびれた旅装に古びた旅行鞄。
靴は幾つか修繕箇所はあるが、それなりに良いもの。
元が美人のセシリアの顔立ちであるので、それを大人っぽくした姿が人目を引くのは間違いない。
好奇の視線を受けながら、宿にたどり着き一晩の料金を支払う。
「食事は……結構です、まだ両替もしてなくて手持ちがないので」
『ヴェラ』は言い訳のように女将さんにそう言って、部屋に閉じこもった。
朝までこもって、朝市で格安の食事をとって冒険者ギルドへ行く。
ギルドには『ジューン』が手配した、フェリカからアルシア入国、ミシュティにヴェラを引き渡すまでの護衛という内容で冒険者パーティが待っているはず。
ちょうどアルシアに行きたいパーティがあれば、そんなに高くつかない。
ギルドには侍女見習いがまだ若く見た目のいい女性なので、護衛をつけたいと言ってあり希望通り女性パーティが割り当てられている。
安い宿を選べなかった理由もちゃんとある。
見た目のいい女の子が、安宿から忽然と姿を消すなんて日常茶飯時の世界だから。
そうならない最低限のレベルの宿泊費は銀貨一枚以上。
ここは素泊まりで銀貨二枚。
ヴェラの設定としては痛い出費になるが、必要経費ということね。
特に何事もなく朝を迎え、鞄を持って朝市へ。
サンドイッチを買って隅にある公園まで行き、鞄に腰掛けて食事を済ませる。
ギルドは閉まっている時間がないので、早朝ではあるが早速向かうことにした。
街より、ギルドの中のほうが安全だ。
(まずヴェラのことなんて誰も調べないとは思うけれど……まさかという人が疑念を持ったりすることもあるし、存在は主張しておくべきよね)
男性冒険者で賑わうギルド内で、ヴェラは相当目立つ。
遠慮のない視線、口笛。
気分のいいものではないが、すべてがヴェラの存在証明だ。
受付に行き、書類を見せると小部屋に案内された。
「約束の時間までちょっと間があるから、ここで待ってて。あなたがホールに立ってると、男どもが腑抜けになっちゃう」
ベテランの受付嬢が笑いながらそう言った。
「あ……御配慮ありがとうございます」
気弱そうに、俯いて呟く。
「いいのよ。なるほど、護衛はいたほうがいいわね。『三兎』は女性だけだし、実力も申し分無いから安心してね」
待つこと三十分あまり。
扉が開き、三人の女性が入ってきた。
「悪いね、お待たせしちゃって。三兎です」
「いえ、早く来すぎたのはこちらなので……よろしくお願い致します」
(名前の通り、兎獣人のパーティか。ギルド嬢の話だと実績も充分っぽいし良かったわ)
「一時間後に出発の船のチケットを預かってるから、もう港に行くよ」
「復路の依頼があってラッキーだった! しかも個室だなんて最高〜」
雑魚寝のチケットより高くついたが、個室が取れたのでそうしただけ。
どうせ支払うのはアマンダのお金だし、全く問題はないのだ。
「船だけの護衛って何かと思ったけど」
「こんな可愛い子ちゃんだと、その方が絶対良いだろうねぇ……」
「恐れ入ります……」
「私たちはラッキーだったけどね? タダでアルシアに帰れるし、食事付きの個室だし。ギルドが依頼主秘匿扱いにしてるから、お礼は言えないけど」
「うんうん、雑魚寝部屋はほんと女は大変だから助かるー」
「へえ、ヴィランテから侍女見習いに……ヴェラさんもお貴族様なのか。」
「だよねえ、こんな美人そこら辺にいるわけないもんね。納得だわ」
「いえ、実家はもう無いので身分としては平民なんです。もとより庶子でしたし」
「そうなの? まだ若いのに苦労してんだね」
三日間の船旅、おしゃべりであっという間に終わりそう。




