散会
魔咆犬たちの吠え声はどんどん近づいてきて、彼女たちはあっという間にボールを追いながら戻ってきた。
「あらあらー、意外と早く帰ってきたのね! いい子ねぇ」
カルミラがしゃがんでドーナツたちを可愛がり始めた。
私はミシュティがどす黒い瓶をしまい込むのを見て、興味本位で尋ねてみた。
「晩酌用?」
ミシュティは首を振った。
「興味深いお味でしたが、私には刺激が強すぎました……辛くて」
「あなた、辛いの苦手だものね」
「これは友人へのお土産にしたくて」
「お土産」
「はい」
ミシュティはそよ風に毛を揺らしながら頷いた。
「毒性のあるものが大好きな友人がいまして……」
「それ、種族によっては死んじゃうわよ」
「大丈夫です、既に毒で死んでるので」
「ああ、もう死んでるなら飲んでも大丈夫ね」
「毒もですが、お酒も好きなので凄く喜ぶと思います」
「幽体じゃないんだ」
幽体は飲食出来ないからね。
「物質化したレイスが近いですね。いい人ですし、お世話になったので」
そう言ってミシュティは軽めのスパークリングワインをテーブルに出した。
「ふう、スパークリングは水みたいで口直しにいいわね」
カルミラが機嫌良くグラスを傾けた。
その顔にスッと影が落ち、ポチがゆっくりと下降してきた。
レスターの膝にポトリと何かが落とされる。
「これは……?」
レスターがギラギラと輝くガラスを摘み上げ、観察を始めた。
「これ、見たことあるぞ。何だったか……」
「ラミードの瓶の蓋よ。ポチの一番大事な宝物」
「ああ、ジャムの蓋か……このガラス蓋、ティティが限定バージョン集めてるんだよな」
「鉄じゃなくて、おしゃれなガラス蓋だから小物入れに使ってる人も多いわね」
たくさん大好物のポテトフライを貰えてよほど嬉しかったのだろう。
ポチはレスターにお気に入りの宝物をあげることにしたようだ。
「ポチ、ありがとなー」
レスターが礼をいうと、ポチは満足気に温泉の底へと沈んでいった。
「仔犬たち、さっきよりお腹がパンパンだわ」
私がミシュティにそう言うと、ミシュティは微笑んで銀色のボウルを見せた。
「今、ちょっと落ち着いてきたのでお肉を食べさせました」
満腹の仔犬たちは貴族令嬢みたいな顔をして、ミシュティの足元に座っている。
(さっきまで蛮族みたいだったのに……)
「いいボウルじゃないの。ミスリル銀?」
カルミラとレスターがボウルを観察し始めた。
「全体に刻印された魔法陣……これ、犬の餌入れなのか?」
「餌じゃないわ、ご飯って言って!」
カルミラがレスターに文句を言っている。
「あー……何でそんな魔道具じみたボウルがお食事ボウルになってるんだよ」
「これ? 昔、カフェをやっていた時に作ったんだけど。もう使わないから犬用にしたの」
「解毒、衛生、保存……結構色々彫ってあるわね」
うちの子たちのも魔法陣仕様にしたいわ、とカルミラが呟く。
「犬の口が触れるならミスリル銀がいいだろうなぁ。んじゃ、またな」
レスターがのんびりとボウルをミシュティに戻し、帰っていった。
「もう夕方じゃないの。今日はネモと打ち合わせなのよね。犬のお土産は紙袋に入ってるから、使ってね」
カルミラも想定外の長居だったらしく、少し慌てたように帰っていった。
「ディーさんもナッツさんも……今日はお風呂ですよ」
ミシュティが薄ら汚れている二匹に話し掛けている。
シャンプーは買ってないのだが、大丈夫かしら。
「何で洗うの?」
「この子たちが実家で使ってた、澄清蔦の粘液で洗います。リンスはお水に団栗堂のペット用被毛オイルを数滴垂らしたものを」
「団栗堂、ペット用品まであるのね……」
「乳化するオイルなのでムラなくリンス出来ます」
「へぇ……」
澄清蔦ならそこら中に自生してるし、昔から髪を洗うシャンプーとして使われているから問題なさそうだ。
どんぐりオイルも然り。
(そもそも魔物だから、毒性あるものでも平気そうだけど。何を食べても大丈夫だし……)
体質が繊細じゃないのは、飼い主が楽なのでありがたいわね。
ミシュティは手早くテーブル片付け、二匹を抱えて湯殿へと転移していった。
なんとなくついて行ってみると、私が使っている湯殿の横にいつの間にか犬用湯殿が建っていた。
「こんな小さい湯船があるのね」
「実家のリフォームで出た古いシンクだったんですけれど、ミスリル合金でしたしちょうどいいと思いまして。ここ掘れ組のゴン太社長がお湯を引けるようにしてくれました」
意外にも大人しく洗われる二匹。
お湯にも満足気に浸かっている。
「五分ですからね〜、寝ちゃだめですよ」
仔犬に話し掛けるミシュティの声を聞きながら、私は自分の湯殿へと足を向けた。




