肝酒
「お酒ね、お酒ならいいのがあるわ」
そう言ってカルミラが酒瓶を取り出し、テーブルの上に置いた。
「黒いんだけど」
「綺麗でしょう? 元は火酒なんだけど──冥界の彷徨う木で作った樽でね、黒龍の毒肝と雷竜の麻痺肝を酩酊草と一緒に漬け込んだの」
「全部毒じゃないの! 火酒以外」
「六百年ものよ〜」
「酒に貴賤はないぞ。まず飲んでみようぜ」
小さなグラスに注がれたどす黒い液体。
「ミシュティも飲みなさいよ」
カルミラの声で、グラスは四つに増えた。
「かんぱーい」
意外と香りは火酒のままだった。
味はお察しだ。
苦くて辛くてえぐみたっぷり。
飲んじゃいけないものの味がする。
「…………お、意外といけるな」
レスターが嬉しそうに手酌で二杯目を注いだ。
ミシュティは一応飲み干したが、目が潤んでいる。
彼女は辛いものが苦手だから。
「ん、いいお味だわ」
カルミラも満足そうである。
「…………意外といけるわね」
慣れると何故かもう一口飲みたくなる。
頭では絶対美味しくないと思っているのだが、何故か進んでしまう。
「そうでしょう!」
「このお酒に合いそうなのは、魔山羊のチーズとブルグの煮込みあたりでしょうか」
ミシュティが持参した時空ボックスから、チーズと肉を取り出して品良く皿に盛り付けていく。
「コカトリスの砂肝焼きもあります」
「あら、いいわね! ミシュティはわかってるわぁ」
「お褒めにあずかり光栄です」
コカトリスの砂肝、マンドラゴラのピクルス。
(人間が食べたら死ぬやつ……)
どす黒い酒は希釈しても即死しちゃいそうだ。
でも、舌が慣れたら美味しく感じてくる。
「轟雷炭酸で割ってもいいのよ〜」
「お、いいな。次はそれにするか」
レスターが自分の時空庫から炭酸水の瓶を取り出した。
ちなみに轟雷炭酸とは商品名ではなく通称。
ただの炭酸水に雷の魔核を入れて数日置いたもので、とても刺激的だ。
「美味いな」
「割ったほうが飲みやすいわね」
「ミシュティは?」
「私はもう……。ですが、一杯分だけ分けていただきたいです」
「まだあるから、一本あげるわよ」
「そんな……こんな高価そうなものを」
ほろ酔いのカルミラは可愛らしく首を傾げた。
今日の髪は鮮やかなオレンジ色。
「じゃあ、この砂肝美味しいからそれで」
「それでしたら、コカトリスの石化器官の酢漬けが──」
「なにそれ、美味しそう。今ある?」
カルミラとミシュティは楽しそうに会話を始めた。
ポチはシートまで綺麗に舐め回し、こちらをチラリと見て山の方へ飛び去っていった。
「ポテト、全部出したの?」
「ああ。全部出した」
「胸焼けしないのかしら、二トンでしょ」
「龍だから関係ないだろ」
レスターは炭酸割りも好きだったようだが、ストレートの方がより好ましい様子。
カルミラから二本目を受け取ると、大きいグラスでそのまま飲み始めた。
「これ、すっごい毒性高いわよ。鑑定してみた?」
「ほう? ふむ。化学式からして、トキシン……パリトキシンに近いな」
「え、私の鑑定には化学式なんて出てこないけど」
レスターは肩を竦めた。
「そりゃ、鑑定結果は主観が反映されるからだろ」
「触れたり気化した毒素を吸い込んだりすると、一般的な生物は痙攣や呼吸困難を引き起こし即死って出てるけれど」
「パリトキシンだなぁ。だがアレは厳密には即死ではないから、こっちのは組成がそれに近い毒ってことだな」
「ねえ、なんであなたの鑑定に化学式が出てくるの?」
「なんでって……製薬会社で薬作ってたからじゃね?」
「えっ、そうなの? 鍛冶屋か地質学者かと──」
「地質とか鉱物は趣味で齧ってた。鍛冶は転生してからハマった」
「知らなかったわー、一万年以上も友達なのにねぇ」
「聞いてこないからだろ、秘密にはしてないぞ」
「確かに。前世は今さら関係ないしね」
私はなんだか可笑しくなって笑い出した。
前世の記憶は今の自分を形成した一部ではあるけれど。
役に立ってるか? と聞かれたら、微妙と言わざるを得ない。
「マヨネーズもポテトチップスも昔からあったしな」
レスターがゲラゲラと笑いはじめた。
「醤油も味噌も日本酒も既に!」
私たちは酔っ払い、笑いが止まらなくなった。
「前世の記憶があったって、もうすでに先人がいるんだからな」
「ふふ、まさに役立たずよねぇ!」
もちろん、専門知識が役に立つこともたまにはあるけれど。
九割は役に立たない知識なんじゃないかしら。
遠くからキャンキャンと鳴き声が聞こえ始めた。
ドーナツたちが戻ってきたようだ。
「まあ、邪魔にもならんからどうでもいいな」
「そうね」
私とレスターは二回目の乾杯をした。




