お芋
カルミラと一緒にひよこ島へ転移すると、魔咆犬たちは屋敷内にいなかった。
厨房にいたらしいミシュティが手を拭いながらサロンに急ぎ足でやってきた。
「お帰りなさいませ、ジューン様。カルミラ様、ようこそおいでくださいました」
「ただいま。ドーナツたちはどこに行ったの?」
「先ほどレスター様がいらっしゃって……」
「レスター?」
私は首を傾げてミシュティを見た。
約束はしていない。
(なんの用なのかしら)
「はい。ポチさんにあげるポテトフライが用意できたから、と」
「ああ、そういうこと」
カルミラが物言いたげにこちらを見ているので、事情を説明する。
「北に龍用の温泉があって、以前そこに龍稀石が生成されて」
「珍しいわね」
「レスターに譲ったのよ。ポチ由来の石だから、お礼はポチにって言ったの」
「ああ、ポテトフライはお礼の品ってこと」
カルミラがなるほどねぇと頷き、ミシュティが口を開いた。
「ディーさんとナッツさんは、ポテトフライに釣られてレスター様を追っていきました」
「じゃ、そっちに行きましょうか。紙袋はソファーに置いて行けばいいわ」
「そうね」
「では私はお茶の用意をして、後ほど温泉に向かいます」
ミシュティがパタパタと厨房に消えていった。
私はカルミラと一緒にポチ温泉に転移した。
「…………」
ポチはご機嫌だった。
大きなシートの上には山のようなポテトフライ。
「よう、お邪魔してるぞ。カルミラ……仕事以外で城から出たのか? こりゃ珍しいな」
レスターは機嫌良く片手を上げた。
「仔犬はどこかしら」
「一匹はポチの頭に乗ってる。もう一匹はさっき温泉に飛び込んで、今まさにポチの尻尾から背中に上がってきてる」
レスターの指の先には確かに仔犬がいた。
(頭の上にいるのはナッツね……ずぶ濡れなのはディーか。熱湯なのに大丈夫なのかしら)
一応乾かしたほうがいいだろう。
私はディーを捕まえ、風魔法で乾かし始めた。
「可愛いわねぇ!」
カルミラが普段とは似ても似つかない、甲高い声で叫んだ。
その声に構ってもらえそうと思ったのかナッツがポチから飛び降りた。
(半分温泉に浸かったままとはいえ頭と地面って五メートル以上あるんだけど……)
二匹とも、まだ二キロ足らずの仔犬だ。
当然身体も小さい。
「ディーは……火傷もしてないわね。眼球も耳も綺麗」
(ナッツは走り回ってるから怪我はしてない)
魔咆犬、ちょっと評価を変えたほうがいいかもしれない。
相当な頑健さと、相当な身体能力。
「どっちも可愛いわぁ」
「可愛いが、さっきマンドラゴラを見つけて魔条網に突進してたぞ。摘み上げたら怒ってた」
「えっ」
慌てて近くにあるミシュティの家庭菜園を見に行くと、張り巡らされた魔条網が凹んでいる。
「ええ……これが変形するって」
突破は出来なかったようだが、大型魔物も阻めるこの網を曲げるとは……。
経年劣化で穴が空くことはあるが、この魔条網は設置から一年も経っていない。
私は温泉側に戻り、もう一度二匹のボディチェックをした。
(傷一つ無いわねぇ……)
「お、もっと食うかー?」
レスターがまたポテトを山積みにしている。
ポチは一心不乱で食べている。
下半身はお湯の中、尻尾を振っているのか温泉が渦を巻いている。
「一体どれだけポテトを持ってきたの」
「二トンくらい? 量を揃えるまで二ヶ月かかった」
「買い集めた?」
レスターは鷹揚に頷いた。
「自分で揚げるのは嫌だろ、こんな量」
「きゃあ、見て見てお腹見せてくれたわぁ!」
「二トンはさすがに自分じゃやりたくないわね……」
「ほーら、ボールがあるわよぅ! そーれ!」
二匹はカルミラが投げた逃げ回るボールを追って、弾丸のように消え去った。
膂力の強い吸血鬼が投げたボールは遥か彼方に飛んでいった。
「あのボールはね、投げた人の元に転がりながら戻ってくるのよ」
「へえ、それは便利ね」
「完成形になるまで四十年かかったんだぞ……あれ……」
レスターが渋い顔で呟いた。
「あ、ボールもレスターの作品なの」
「この前追加で百個発注したのよ、ほらケルベロスは三つ頭があるから」
ケルベロスブリーダーのカルミラの注文量はもはや業者レベルだわ。
そんな事を思っているとミシュティが転移してきて、テーブルと椅子を並べ始めた。
「お茶の支度をして参りましたけれど……皆様、お酒になさいますか?」
もちろん、満場一致で酒に決まっている。




