日常
「順調ね」
ホムンクルスの素材培養は問題なく進んでいる。
色味の確認のために髪も採取したが、実際毛を生やすのは皮膚だ。
必要なのは毛を作る細胞で、生える場所によって太さや長さ……性質が変わってくるので注意が必要だ。
頭皮、目の際の睫毛の生え際、眉毛、体毛──必要な毛母細胞は皮膚ごと個別に培養してある。
培養素材がある程度の大きさになったら、切り貼りしながらホムンクルスを整えていくのだ。
「昨日から骨、骨──ドーナツどものおやつの骨は良いとして。ホムンクルスの骨も大事」
残念ながら、魔法を使っても骨格は勝手に組み上がらない。
(無機質約45%、有機質約30% 、水分約25%……)
素地となる骨格は培養した骨髄を巻き込むように手作業で生成して、組み上げる。
その後、セシリアの骨細胞でコーティングしていくので本来の骨格よりかなり細めに作らないといけない。
セシリアは小柄で華奢なので、骨は五キロ以下じゃないと不自然。
「んー、纏わせる総骨量が六百グラムとして……素地の骨格は骨髄込みで四キロ以下が望ましい」
体格と年齢を考慮して、合計で四千三百グラム。
これが妥当なラインね。
私は培養ポッドをチェックし、骨格を作るのは一ヶ月以上先になると判断を下した。
骨髄のもとになるものの培養が進むまでは、お預けだ。
全身分を確保してからじゃないと、スタートラインにすら立てないのだ。
「とりあえず順調に増えてるし、問題無しね」
私は作業場に他者が侵入できないよう魔法をかけ、外に出ることにした。
(春だわ……)
足元には数種類の野花。
柔らかそうな草もどんどん伸びている。
東にまっすぐいけばポチ温泉。
南方面に下っていけば屋敷がある。
「こんなに気持ちがいいと、転移はもったいないわね」
そよ風を頬で感じながら、獣道を下っていく。
途中でドーナツの片割れに遭遇した。
仔犬だというのに、屋敷から数キロ走ってきたようだ。
短く息を吐き、こちらを見上げるディーに魔力水を与える。
盛大に水を跳ね飛ばしながらガブ飲みをする仔犬。
(これ、また走らせたら吐くのでは……?)
下の方からマカロンちゃんがのそのそ上がってくるのが見えた。
ナッツに追い回されている様子。
魔咆犬の名前の由来は咆哮が凄いから。
……のはずなのに、キャンキャンと可愛い声しかしないのは何故なのか。
大きくなって声に魔力が乗るようになってから、本領発揮って感じなのかしらね。
「あらあら。でもマカロンちゃんは亜種で強い子だし……大丈夫よね?」
近づいてきたマカロンちゃんの口には小さなボールが咥えられている。
「あ、ボール投げしてたのね。ニーヴとずいぶん遊んでたから、思い出したの?」
フェンリルのニーヴのダイエット中、マカロンちゃんはボール投げの名手になっていたから。
もしかしたら、ドーナツたちの子守もしてくれていたのかもしれない。
私は近くにあった大きな石に腰掛け、マカロンちゃんにたっぷりの果物を食べさせた。
子犬たちにはミシュティが柔らかく煮込んだコケットを。
「スローライフって人生のご褒美よね。素敵な景色に可愛いヒドラと仔犬。最高じゃない」
春の景色を楽しんでいると、黄色い蝶がヒラヒラとナッツの鼻先を飛んでいく。
二匹は飛び上がり、蝶を追って藪の中へ突進していった。
「痛くないのかしら……ああ、もうあんなところまで」
マカロンちゃんは右端の首を私に擦り付けて挨拶をして、私とは逆の方角へと登っていった。
作業場とポチ温泉の丁度真ん中あたりに、マカロンちゃんとソフィーちゃんが好きな草の実があるのだ。
きっとそこに行くのだろう。
そう、デジュカ大陸の薬草園で購入した金蛇草の実だ。
元々ソフィーちゃん用に買ったものだったのだが、マカロンちゃんも大好きなようだ。
なので鉢植えは辞めて、暖かくなってから地植えして魔法で一気に増やした。
マカロンちゃんは大きいから、量が大事だもの。
ゆっくり遠ざかっていく虹色のヒドラ。
華やかなボディは陽光を受けて煌めいている。
(脱皮したばかりだから、余計に綺麗に見えるわね)
平均より小さいヒドラだが、突然変異個体のその姿は唯一無二の美しさだ。
マカロンちゃん自身は自分の外見なんて気にしちゃいないだろうけれど。




