魔犬
屋敷に戻ると、ミシュティが待ち構えていた。
足元には木箱が置いてある。
「ジューン様が戻るまでは室内に出すわけにはいかないので……」
私はミシュティの足元にある木箱に近寄り、手を添えた。
「……ずいぶん頑丈な木箱ね。中身は仔犬なのに」
「これ以外の箱は全滅しました。この箱はたまたま不壊の魔法がかかっていたので」
「元気な犬なのは良いことよね」
「とっても可愛いですよ」
ワクワクしながら木箱を開けると黒い何かが弾丸のように飛び出し、私に体当たりをした。
尻もちをついた私にミシュティが慌てて駆け寄ってくる。
私は右腕と左腕に一匹ずつしっかり抱え直し、立ち上がった。
「可愛いじゃないの!」
それは大きめの垂れた耳を持つ、小さな仔犬だった。
白ボディに黒い斑、黒い部分が多いが少しだけ茶色い毛もある。
見事なハチワレ模様だ。
「やだ、見てよこのお腹! ムッチムチねぇ……」
「はち切れそうですね。まだ乳歯なので赤ちゃんみたいなものです」
私が二匹を床に降ろすと、彼女たちは部屋中を駆け回った。
「……とりあえず、しつけが終わるまでオムツをしておきます」
「出入り口はそこに作ったわ」
「祖母のおかげで、もうお外に行っておトイレする事ができます。出入りの仕方を教えればすぐです」
「とりあえずオムツして好きに探検させておきましょう」
ミシュティが見事な手捌きで仔犬を捕まえ、布切れをお尻に巻き付けていく。
どうやっているのかわからないが、ちゃんとオムツになっている。
二匹目を捕まえながら、ミシュティは私の方を見た。
「祖母が丁度ドーナツ揚げていたので、貰ってきました。オヤツにいかがですか?」
「コーヒーと一緒がいい」
「ではさっそく支度いたしますね!」
犬は廊下で走り回っている。
私は香りのいいコーヒーと、美味しいドーナツで一休みだ。
「名前……どうしようかな」
「お好きに決めてくださいませ」
「…………」
私は手に持ったドーナツを眺めた。
(ドーとナツでいいんじゃない?)
いや、ちょっと呼びにくい?
「んー、ディーとナッツにしようかな」
「可愛らしくていい名前です」
「最初に頭突してきた、尻尾の曲がってる方をディーにしましょう」
仔犬はほぼ同じ見た目だが、尻尾の形が違う。
片方は豚の尻尾のように丸まっているが、片方はまっすぐだ。
長くて巻いている尻尾は先端が背中に乗っており、伸ばしても嫌がらない。
手を離せばくるりと丸まるが、尾の骨は真っ直ぐに伸びるので奇形ではなさそう。
「この家に来てから、ずいぶんおとなしいです」
「えっ、走り回っているじゃないの。あっ、壁を食べようとしてる!」
壁を食べようとしたお転婆さんらしいディーを抱え上げ、リビングに連れて行く。
ナッツもミシュティに抱えられ、連行された。
「あら、ナッツ……」
ナッツは絨毯を食べようとしていたようだ。
口元から数本の繊維が覗いている。
「ドアマットですね」
ミシュティが確認しにいき、繊維だけで済んだことを確認した。
私は二匹の鼻をチョンとつつき、言い聞かせた。
「変なもの食べたらお腹を切ることになるわよ」
「そうですよ、ダメですからね」
とりあえず全てに不壊の魔法をかけるべきだ。
そう判断した私は、犬が届きそうな場所にあるものすべてに処置を施すことにした。
ミシュティに粉ミルクを作って貰ってクッションと毛布の上に降ろされた満腹の二匹は、パタンと眠り始めた。
「寝てる間に魔法処置しておくわ」
「私はグッズを片付けておきます」
「あ、それなら可愛い小さい棚がある」
私は小物を片付けるのにちょうどいい棚を取り出し、クッションのあるほうの壁に設置した。
もちろん魔法をかけて。
ナッツは自分のお腹に鼻先をくっつけ、きれいに丸まっている。
ディーはひっくり返ってお腹が丸出しだ。
「あらあら、寝てても可愛いわね」
「本当に可愛らしいです。祖父は手を焼いていたようですが」
「そうなの? 仔犬らしからぬすごいスピードで走ってるから?」
見た限り、彼女たちは身体強化魔法を普通に纏っている。
普通の犬とはちょっとだけ違うと思うわ。
「柵を壊したり、家具を食べようとしたり……乳歯なのに椅子を噛み砕いちゃったみたいで」
「魔物だから仕方ないわね」
まあ、犬ってそういうものよね?
壊されて困るものは、こっちが気をつけないといけないのよ。




