農場
「モヤシ…………?」
私は驚いて、マサオの顔をマジマジと見た。
こちらの世界に転移してきてから数ヶ月……彼の国民証にはレインと言う名前が記載されている。
こちらではその名を名乗っているというわけだ。
私はマサオと呼んでいるけれど。
「そう。モヤシ」
「豆から育つアレよね? 光を当てずに育てる──」
「そうそう。アレが中々手に入らないんだよー」
「野菜屋さんにあるでしょ」
マサオはソファーの背に身を預け、首を振った。
私たちは先ほど道端で偶然会ったので、傍にあったカフェで雑談しているのだ。
「ラーメン、いやラメン屋には足りなすぎてさぁ」
なるほど。
確かにマサオのラーメンには山のように茹でたモヤシが盛られていた。
市場に流通している量では到底間に合わないということらしい。
「確かにモヤシってこの辺りでは日常使いしてないから、量はないのかもね」
あるにはある。
だけどこっちの世界は洋食が基本となっているので、モヤシは嗜好品みたいな立ち位置の野菜。
「居抜きで買ったから、来月からオープン予定なんだけどモヤシだけが確保できないんだよね」
「ああ、それなら農家と専属契約したらいいんじゃない?」
「実家のラーメン屋では四キロ入りを二十袋以上仕入れてたんよ」
「一日で?」
「うん」
「百キロくらい……?」
「多い日はもっと使ってたな。ただこっちはそこまでじゃないと思うから、最初は五十キロ用意すればいいかと思ってたんだけど」
私はコーヒーのおかわりを頼み、マサオの話に相槌を打った。
「市場に行ったらさ、かき集めても七キロしか無くて。日持ちもしないし……」
「違う野菜じゃダメなの?」
「モヤシは唯一無二なんよ。譲れない」
「ワフー料理に使う野菜専門の農家なら知ってるわよ」
ミシュティの彼氏が養子に行ったところなら、モヤシ作ってくれるんじゃないかな?
販路拡大に頑張ってるらしいし。
「マジか! 神過ぎる!」
「んじゃミシュティ呼ぶから待ってて」
三十分もしないうちにミシュティが到着し、三人で郊外の農場に行くことになった。
「東門から出ている馬車で三十分ほどで着きますよ。ちょうどいい時間でよかったです」
運のいいことに、日に数回しか出ていない馬車に間に合った。
マサオがいるので転移は無しだ。
魔臓のない異世人は、転移を使うと魔法酔いする確率が高い。
気持ち悪くなるだけならいいけれど、人によってはショック症状が出るから無闇に巻き込んではいけないのだ。
「帰りはどうすんだ?」
マサオの問いに、ミシュティが優しく答える。
「帰りは先方が送ってくれると思います」
馬車の中で色々話した結果──。
意外なことに、というかワフー野菜農家なのでよく考えたら当たり前だったのだが。
市場のモヤシは、どうやらこれから行く農場から出荷されているようだった。
「セシルが売れるかもしれないって数ヶ月前から育ててたんですが、ジョンさんが時々買ってくれるくらいで伸び悩んでたみたいで」
「美味いのになぁ……」
(縁って凄いわねぇ。偶然出たモヤシの話題がミシュティの彼氏の死活問題だったとは……)
ほどなくして農場が見えてきたので、御者に合図して降ろしてもらう。
この馬車は東門から隣村まで行く定期便で、ルート上であればどこでも降りられる。
料金は前払いで、どこから乗降しても一律白銅貨一枚だ。
「おお、思ってたより大きい」
広大な農場を見て、マサオが歓声を上げた。
私も来たのは初めてなので、キョロキョロと辺りを見渡した。
「セシルを呼んできますね」
ミシュティが軽やかに駆け出していった。
「ケット・シー……素晴らしい種族だ……」
「ああ、異世人から見たらそうでしょうね」
「可愛い」
「異論はないわ」
「あ、ジューンも可愛いよ! エミリアきゅんに似てるし」
「そ、そう……ありがとう?」
そうだったわ、マサオはアニメかなんかのキャラを俺の嫁といったせいで逮捕されかけたんだったわね。
ハーフエルフのエミリアきゅん。
この世界でエルフ関係者だと言ったらどういう扱いを受けるか、身をもって知っている男だった。
そんな事を考えていると、背の高い黒兎獣人のセシルがミシュティと共にやって来るのが見えた。




